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2022年1月12日水曜日

神になりたかったのだろうか? 亀山郁夫『『悪霊』神になりたかった男』

 

神になりたかったのだろうか?

 

亀山郁夫『『悪霊』神になりたかった男』

 



 

■亀山郁夫『『悪霊』神になりたかった男』2005年6月10日・理想の教室(みすず書房)。

■長篇評論・入門書(ロシア文学)。

20211210日読了。

■採点 ★★★★☆。


 異様な迫力でドストエフスキーの世界へと引き込む類い稀な入門書である。

 発表当時、編集者によって削除された、いわくつきの「スタヴローギンの告白」を冒頭に提示したうえで、三回に渡って、一般の若者? 向けに行われた講義の記録である*[1]

 したがって、『悪霊』 [ドストエフスキー, 1872]全体に関わる講義ではなく、原則として、あくまでもスタヴローギンのみにスポットが当たっている。

 相当以前に、30年以上前のことだが『悪霊』そのものを読んだときは、ストーリーの展開がごちゃごちゃしていて(まあ、ドストエフスキーの長篇作品でごちゃごちゃしていない作品など皆無ではあるが)、尚且つ余りにも救いのない結末で、いささか閉口した。とても、これは面白いと言えるような作品ではなかったことを覚えている。

 しかしながら、今回本書を読んで、スタヴローギンの心の闇と、それを書き得たドストエフスキー本人が抱えていたであろう心の暗部をまざまざと体験することができた。

 無論、正確には亀山自身が翻訳した『悪霊』、さらには複数のヴァージョンが存在する「スタヴローギンの告白」とその解説、リュドミラ・サラスキとの亀山の対話『ドストエフスキー『悪霊』の衝撃』 [サラスキ 亀山, 2012] 、そして、さらには江川卓の偉業を引き継ぐ形で書かれた、大著『謎とき『悪霊』』 [亀山, 『謎とき『悪霊』』, 2012]これらに眼を通したうえで様々申し述べるべきではあるが、この若者向けと思われる入門書のレヴェルの高さは何度でも賞賛してもよいのではないかと考えた次第である。難解なことを難解に説くことはさほど難しい訳ではない。難解なことを易しく説き直すことがいかに大変なことか。亀山の教育者としての側面が全面展開されていると思う。

 ただ、これは単なる個人的な感想ではあるが、題名にもなっているが、スタヴローギンは果たして「神になりたかった」のであろうか。とにもかくにも彼の目の間には巨大な虚無の海が広がっていただけのような気もするが。

 

 

📓ノート

◆「スタヴローギンの告白」

l  スタヴローギンは186*年(1866年か?)ペテルブルグにいた p.6

l  法律上の妻マリヤ・レビャートキナ p.6

l  三つもアパートを借りていた。大きな住宅にある二つのアパート p.6

l  マトリョーシャという娘 p.7

l  おかみの箒 小枝 鞭打ち p.9

l  ★スタヴローギンは娘の鞭打ちを期待 「そうした瞬間に、私はいつも息が詰まりそうになるのである」 p.9

l  途方もなく恥辱的な、際限なく屈辱的で、卑劣で、とくに滑稽な状態→度はずれな怒りとともにえもいわれぬ快感 p.9

l  卑劣さ→陶酔感 p.9

l  怒りを抑える→快楽 p.10

l  ★【欲望・感覚と理性】すなわち、 一度としてこの感覚が、私を完全に征服しつくしたことはなく、 つねにもっとも完全な意識が残っていたのだということを(そう、 その意識とやらにすべてが基づいていたのだ)。そしてそれは、私の分別を失わせるほどに支配してはいたが、けれどけっして我を忘れるほどではなかった。私のなかで完全な炎にまで達するにしても、私は同時にそれをすっかり克服できたし、その絶頂で消し止めることができた。ただし、自分からそれを抑えようと思ったことは一度もなかった。私は信じている。生まれつき与えられ、自分からもつねに掻きたててきた動物的な肉欲もかかわらず、私は修道僧として一生を過ごすことができるだろうと。私は十六歳まで、ジャン=ジャック・ルソーが告白している悪徳に異常なはげしさで耽りながら、十七歳になってそれを()めたいと願ったときにぴたりとそれを止めた。 私はつねにそうありたいと思うときは、自分の主人なのである。だから知ってほしいのだが、私の犯罪の責任を、環境のせいにも、病気のせいにも転嫁しようとは思わない。p.p.10-11

l  無関心の病 p.12

l  私は、おそらく絶えまない妄想から気をまぎらすためか、あるいは笑いたいだけか、別のアパートで盗みをやった。 私の生涯における一度限りの盗みである。 p.12

l  私はそっと彼女(マトリョーシャ)の脇の床に腰をおろした。p.15

l  ★ゼラニウムの鉢 p.15

l  ★こんな小さな子どものくせに p.16

l  私は突然襲ってきた恐怖の感情をおさえ、そこに留まった。/いっさいが終わったとき、彼女は当惑していた。p.16

l  ★流刑地のことが目の前にちらついた。これまでの生涯でこのとき以外、 後にも先にも、 一度なりとも恐怖を感じたことがなかった。とくにシベリアなぞ怖くなかった。といっても、 一度ならず送られかねなかったが。しかしこのときばかりは、私もすっかり怖気づき、じっさいに恐怖を感じた。なぜかはわからない。生まれてはじめてのもので、その感覚はひどく苦しかった。しかも、夜、私は部屋にいて、彼女を憎むあまりに殺してしまおうと決意したほどだった(ラスコーリニコフもしばしば憎しみの余り殺意を覚える)私の憎しみは主として彼女の微笑を思い出すときに生じた私のなかに、どはずれな嫌悪感をともなった軽蔑の念が生じたのは、 いっさいが終わった後、彼女が部屋の隅に走りだし、両手をおおったからで、私は説明しがたいい怒りにとらわれ、その後、寒けがつづいた。 p.18

l  ★私はもう退屈しつくしていたのである。p.19

l  「ニコライ・フセヴォロドヴィチがご機嫌で、塞いでないときは、われわれみんなも陽気で気のきいた話をするようだ」。私はその場ですぐそれを記憶にとどめたp.24

l  要するに私は、頭がおかしくなるくらい生きるのに退屈していたのだ。P.25

l  ★スタヴローギンの世界旅行(東方、アトス山、アイスランド、ゲッティンゲン大学) p.27

l  夢 p.29

l  私には一度毒殺がある。P.32

l  二ヵ月して、私はスイスで、ある娘に恋をした、というか、 かつてもっぱら初期の頃にしばしば起こった激しい衝動の一つをともなう、情欲の高まりを感じた。 新しい犯罪に対する誘惑を、すなわちニ重婚を行いたい(なぜなら私はすでに結婚していたからだ)という恐ろしい誘惑を私は感じたのだった。だが、私は自分のほとんどすべてを打ち明けてきた別の女性(誰だ?  マトリョーシャ?)の忠告にしたがってそれを逃れた。しかも、 この新しい犯罪を犯してみたところで、 なんら私をマトリヨーシャから解き放ってはくれなかったろう。P.p.32-33

l  マトリョーシャのいたアパート ライトブルーの建物 p.34

◆講義

l  神の不在 p.38

l  常人には考えられない浪費癖 p.43

l  伝記的には知られることのない秘密が隠されている。 P.44

l  チーホン神父は実在 p.51

l  「なまぬるい」(「ラオディキアにある教会にあてた手紙」)  p.51

l  「あなたが生きているとは名ばかりで、実は死んでいる」(「サルディスにある教会にあてた手紙」) p.51

l  「スタヴローギンによる福音書」 p.52

l  『悪霊』全編がスタヴローギンの最後の一日の記録 p.56

l  人類家畜化計画 p.57

l  1921年(ドストエフスキー生誕100年)、モスクワのロシア中央文献保管所に所蔵されていたドストエフスキー関連の文書(フォンド)の封印が解かれた。 →アンナ筆写の「チーホンの許で」発見 P.59

l  口述筆記 p.66

l  皇帝官房第三課 p.66

l  女性の力 p.67

l  一人称の「告白」をそのまま出さない p.74

l  「告白」に書かれていない事実があり得る p.90

l  縊死はキリスト教で最悪の死 p.102

l  窃視=神のまなざし p.107

l  サド『悪徳の栄え』 p.107

l  迷信 p.109

l  好色で獣的な行為と、人類のために生命を犠牲にする偉業の間に美の差異は認められない p.109

l  マリヤ・レビャートキナは何故足があるいのか p.115

l  「われわれはキリストのために愚か者になった」(パウロ「コリント人への手紙」)p.115

l  ユロージヴイ かたわの 正しくなく生まれたもの p.116

l  ★スタヴローギンの世界遍歴 p.118 時間の浪費、感覚の消耗だった? p.124

l  結婚したてのシャートフの妻マリイを誘惑して寝とる p.120

l  ★ゲッティンゲン大学 ヒルベルトら数学界の巨星を生み出した リーマン予想 p.120  cf.小林秀雄

l  ★学術探検隊の一員としてアイスランドへ ヴェルヌ『地底旅行』 地底を見ること 地獄 世界の終わり 世界の果て p.121

l  黄金時代の夢 生まれて初めて涙にぬれた 懐かしさ 永遠の相にふれる 神の恩寵に限りなく近づいた瞬間 p.p.124-12

l  もしかしたら、あの思い出は、今も何か、私の情欲にとって心地よい何かを含んでいるのかもしれない。 P.127

l  涙 マトリョーシャの涙 ほとんど泣かない p.128 

l  スタヴローギンは病気=狂気ではなく、一つの正気の極限の例 p.130

l  『悪霊』が発表された1869年はロシアの精神医学の歴史でエポックメイキングな年 p.131

l  ルソーの悪徳 自慰 盗み p.132

l  ルソーを調べよというサイン p.133

l  スタヴローギンの「告白」はルソーのパロディー、全部ウソかも知れない p.p.134-135

l  少年ルソーはマゾヒスト p.137

l  アンナ夫人の作為 p.140

l  ★マトリョーシャは苦痛とともにそれが快楽だと知った→二人は楽園を追われたアダムとイヴである ともに縊死を選んだのには理由がある p.142

l  屋根裏部屋の意味 屋根裏部屋での死とは、天と地の間で宙づりにされた死、大地からの断絶を永遠に運命づけられた死、神が「なまぬるい」者に与えた定め p.p.150-151

 

 

4050字(11枚)

 

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20220112 2241

【参考文献】

サラスキ リュドミラ, 亀山郁夫. (2012). 『ドストエフスキー『悪霊』の衝撃』. 東京: 光文社新書.

ドストエフスキーミハイロヴィチ フョードル. (1872). 『悪霊』. (亀山郁夫, ) サンクトペテルブルグ, ロシア.

亀山郁夫. (2005). 『『悪霊』神になりたかった男』. 東京: 理想の教室(みすず書房).

亀山郁夫. (2012). 『謎とき『悪霊』』. 東京: 新潮選書(新潮社).

 

 



*[1] 実際に行われたものの文字起こしなのか、それを装って書かれた架空講義なのかは、どこにも説明がされていない。

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