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2023年5月21日日曜日

稀代のストーリー・テラー迷走か?     万城目学『パーマネント神喜劇』

 

万城目学を読む

稀代のストーリー・テラー迷走か?

万城目学『パーマネント神喜劇』

 








■万城目学『パーマネント神喜劇』2017年6月20日・新潮社。

■連作短篇。

2023年5月21日読了。

■採点 ★☆☆☆☆。

 

 これはいただけない、残念ながら。2013年の『とっぴんぱらりの風太郎』(文藝春秋)まではよかった。翌年の『悟浄出立』(新潮社)から、何やら迷走が始まったのか?

 恐らく従来の現実の中に非現実的状況を、あたかも見てきたかのように混入させて書くという手法から、何とか離脱しようと足掻いているということなのか。しかし、そうではないのかも知れない。いずれにしても、本作は、単純に面白くない、ということに尽きる。

 神の独白の下りが冗長である。現実世界の一般の人間のエピソードが、なんだかどうもありふれているとも思えるし、どうも、出てくる人間、あるいは神が善人過ぎるとも思える。話の展開も善人路線でまとめ過ぎていて、単なる落とし噺の一種になってしまっている。

 題名の『パーマネント神喜劇』についても、どうもよく分からない。「パーマネント」=「永遠の」、神の演ずる喜劇、ということであろうが、「パーマネント」ということに、何か含みがあるのであろうか。何故、「喜劇」なのか、今一つ伝わってこない。最初、パーマ屋さんの話かとも思ったが、全く関係なかった。

 ところで、少し気になる点が一つだけある。それは評価すべきことなのか、あるいはその逆なのか、ちょっと判断がつかないのだが。

 本作は、連関性を持つ、4つの短篇(中篇?)小説から成立していて、なおかつ、それぞれの作品中、縁結びの神の独白部分と実際に人間たちの部分が交互に叙述される。いずれも、軽めの、いわゆるエンタテインメントの文体で書かれていると言ってよいが、表題作「パーマネント神喜劇」の人間の部分だけ、どういう訳か、文体が違うのだ。いや、さほど違いはない、という意見もあるだろうが、わたしには違うと思えた。平易に書かれた、どちらかと言えば、純文学の文体に思えたのだ。それは、子どもが主人公だからかも知れないし、あるいは、阪神・淡路大震災や東日本大震災などを思わせるような、大規模な地震を題材にしているかも知れない。と言っても、ここには直接的にも、間接的にも死者の姿は描かれない。が、その重さの影が作品全体に差している。ただ、その方向に文体や作品の方法論を移行することに意味があるのかどうかは分からない。そこだけ、ざらりとして、手触りが違った。

 いずれにしても、全体として、どうこう言うべき作品とは思えない。とても残念だが。

 ちなみに、大変恐縮だが、現段階で、わたしは『バベル九朔』(2016年・角川書店 / 大幅改稿版・2019年・角川文庫)、『ヒトコブラクダ層ぜっと』(2021年・幻冬舎)、『あの子とQ』(2022年・新潮社)の直近の3作品を未読である。

この後、稀代のストーリー・テラーだと思える万城目学がどのように復活し得たのか、それとも、未だに迷走しているのか、あるいは、このまま失墜して果てたのかをしっかりと見届けたいと思う。

全くの余談だが、数年前、本作を読み始めたものの、どういう訳か行方不明になった。本をどこかに忘れてくるなど、そんな経験は全くないのだが。その後、しばらくして、買い直して、読み始めたものの、最初の5ページぐらいで、どうしても読む気が起きず、何故か断念した経緯がある。今回、三回目の正直で、通読出来たことは、誠に幸いなことである。

 

 

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2023年5月20日土曜日

万城目学 著作一覧

 

万城目学 著作一覧


デビュー作『鴨川ホルモー』




万城目 学(まきめ まなぶ・1976年(昭和51年)227 - は、日本の小説家。大阪府出身、東京都在住。京都大学法学部卒業。『鴨川ホルモー』『プリンセス・トヨトミ』などの、実在の事物や日常の中に奇想天外な非日常性を持ち込むファンタジー小説で知られる。

■単行本

□小説

l  『鴨川ホルモー』(20064月 産業編集センター / 20092月 角川文庫)

l  『鹿男あをによし』(20074月 幻冬舎 / 20104月 幻冬舎文庫)

l  『ホルモー六景』(200711月 角川書店 / 201011月 角川文庫)

l  『プリンセス・トヨトミ』(20094月 文藝春秋 / 20114月 文春文庫)

l  『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』(20101月 ちくまプリマー新書 / 20131月 角川文庫 / 20133月 角川つばさ文庫)

l  『偉大なる、しゅららぼん』(20114月 集英社 / 201312月 集英社文庫)

l  『とっぴんぱらりの風太郎』(20139月 文藝春秋 / 20169月 文春文庫)

l  『悟浄出立』(20147月 新潮社 / 201612月 新潮文庫)

l  『バベル九朔』(20163月 角川書店 / 20192月 角川文庫)

l  『パーマネント神喜劇』(20176月 新潮社 / 20204月 新潮文庫)

l  『ヒトコブラクダ層ぜっと』(20216月 幻冬舎)

l  『あの子とQ』(20228月 新潮社)

□エッセイ(単著のみ)

l  『ザ・万歩計』(20083月 産業編集センター / 20107月 文春文庫)

l  『ザ・万遊記』(20104月 集英社 / 20125月 集英社文庫)

l  『ザ・万字固め』(20132月 ミシマ社 / 20162月 文春文庫)

l  『べらぼうくん』(201910月 文藝春秋 / 20229月 文春文庫)

l  『万感のおもい』(20224月 夏葉社)

□共著

l  『ぼくらの近代建築デラックス!』(201211月 文藝春秋 / 20155月 文春文庫) - 門井慶喜との共著

■アンソロジー参加(単行本未収録)

※ 「」内が万城目学の作品

l  児玉清の「あの作家に会いたい」 児玉清著(20097 PHP研究所)- 著者と対談

l  言葉ふる森 (20101月 山と渓谷社)「馬上少年過」

l  スタートライン ― 始まりをめぐる19の物語 (20104月 幻冬舎文庫)「魔コごろし」

l  冬の本(201212月 夏葉社)「どんぐり」

l  僕が愛したMEME(ミーム)たち 小島秀夫著(20132月 メディアファクトリー)- 著者と対談

l  短篇ベストコレクション 現代の小説201420146月 徳間文庫)「インタヴュー」

l  時の罠(20147月 文春文庫)「トシ&シュン」(その後『パーマネント神喜劇』に収録)

l  みんなの少年探偵団(201411月 ポプラ社 / 201612月 ポプラ文庫)「永遠」

■その他の未書籍化作品

l  城崎裁判(20149 NPO法人 本と温泉) タオル地の表紙と撥水ペーパーで作られている/兵庫県 城崎温泉でのみ限定発売

■単行本未収録作品

l  「スーパー千代子」(『すばる』20141月号)

l  「メダリストの肖像」(読売新聞関西版 2014325日朝刊)

l  「万城目学の熊野詣」(『本の旅人』201610月号 - 11月号) - エッセイ

l  「四泊七日」(『小説幻冬』201611月号 - 20171月号)

「みをつくし戦隊メトレンジャー」(オオサカチカセツ 20223 - 4月)「御堂筋レッド 編」「谷町パープル 編」「中央フォレストグリーン 編」「長堀鶴見緑地イエローグリーン 編」「今里オレンジ 編」

l  「十二月の都大路上下(カケ)ル」(『オール讀物』20225月号)

l  「六月のぶりぶりぎっちょう」(オール讀物』202212月号)

■メディア・ミックス

□テレビドラマ

l  鹿男あをによし (2008117 - 320日、全10話、フジテレビ系、主演:玉木宏・綾瀬はるか)

l  世にも奇妙な物語 20周年スペシャル・秋 〜人気作家競演編〜「はじめの一歩」(2010104日、フジテレビ系、主演:大野智(嵐)・田中麗奈)

l  バベル九朔(20201020 - 1221日 、全10話、日本テレビ、主演:菊池風磨(Sexy Zone))

□映画

l  鴨川ホルモー(2009418日公開、配給:松竹、監督:本木克英、主演:山田孝之・濱田岳・栗山千明)

l  プリンセス トヨトミ(2011528日公開、配給:東宝、監督:鈴木雅之、主演:堤真一・綾瀬はるか・岡田将生)

l  偉大なる、しゅららぼん(201438日公開、配給:アスミックエース・東映、監督:水落豊、主演:岡田将生・濱田岳)

□舞台

l  鴨川ホルモー(2009515日初演、吉祥寺シアター他、プロデュース:アトリエ・ダンカン、演出:鄭義信、主演:石田卓也・芦名星)

□ラジオドラマ

l  プリンセス・トヨトミ(20091123-124日、全10回、NHK-FM放送「青春アドベンチャー」、出演:利重剛 他)

□コミックス

l  鴨川ホルモー - 作画:渡会けいじ (角川書店〈角川コミックス・エース〉)全3

l  鹿男あをによし - 作画:梶原にき(幻冬舎コミックス〈バーズコミックス〉)全3

l  偉大なる、しゅららぼん - 作画:関口太郎(集英社〈ヤングジャンプコミックス〉)全4

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』を元に改変した。

 

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ここに「青春」はあるか?    万城目学『べらぼうくん』

 

万城目学を読む

ここに「青春」はあるか?

万城目学『べらぼうくん』




 



■万城目学『べらぼうくん』20191010日・文藝春秋。

■長篇エッセイ。

202312月5日読了。

■採点 ★★☆☆☆。

 

 『鴨川ホルモー』などの奇想的エンターテインメントな長篇小説で知られる万城目学の浪人時代からデビューに至るまでを淡々と描く自伝的エッセイである。

この手のエッセイについてとやかく言うのがおかしいのかも知れない。確かにそうだとは思うが、とりあえずの感想を書いておく。

 面白かったが、万城目の小説作品ほどではない。一つはエッセイといえどもキャラ立ちを図るべきだったのだが、作者本人の穏和な(?)な性格を反映してか、どうも、その辺りがどうも弱い。

言うなれば、これは、これまでも数多(あまた)書き継がれてきた「青春記」の系譜[1]に属するのだが、そもそも「青春」が今や死語に近づいていて、その言葉の持つ熱量を喪って久しい。「青春記」と言えば北杜夫の『どくとるマンボウ青春記』(1960年・中央公論社)や、先日亡くなった畑正憲の『ムツゴロウの青春記』(1971年・文藝春秋)などが想起される。時代が違うと言えばそれまでだが、彼らが背負っていた時代的背光と共に、彼ら自体が破天荒とも言うべき出鱈目さだったのだ。単に時代の違いとも言い切れないのが、例えば、この二つの青春記に相似形を示しているのが、自身の北海道大学柔道部時代に取材して書かれた、増田俊也の『七帝柔道記』(2013年・角川書店)である。この話は、時代錯誤もいいところだが、柔道場と下宿をただ行ったり来たりするだけで、ひたすら柔道の訓練に明け暮れるというだけなのだ。

恐らく、これらに通底しているものが、何かに憑りつかれたかのように没頭するという、或る種の狂気にも隣接する何かであろう。人はそれをかつて「青春」と呼んだのだ[2]

かつての、万城目の小説作品にはそれがあったのだと思う。少なくともデビュー作『鴨川ホルモー』(2006年・産業編集センター)にはそれがあった。しかし、ここには青春がない。やっていることはいささか出鱈目でも、出鱈目さを感じない。要は視線が大人なのだ[3]

恐らく、万城目自身が、本書で書いているように、『鴨川ホルモー』を書く以前に、彼が書いていたという、いわゆる純文学的な作品の題材をエッセイにしたらこうなった[4]、ということだとすると、これはやはり、今一つになってしまうのも自明の理である。

そもそも『べらぼうくん』というタイトルからしていけない。まったく「べらぼう」ではない。彼の日常生活は、いくつかの重大なポイント[5]を除いて、極めて穏当なものだ。

むしろ、ここにある主人公は、万城目自身の、名作と言ってもよい『とっぴんぱらりの風太郎』(2013年・文藝春秋)の、主人公・風太郎が、何者でもなかったとき、下宿(?)でボーッとしていた様子を思わせる。だから、これは『風太郎の青春記』か『とっぴんぱらりの青春記』とでもすべきだったのだ。無論、連載時に付けられていた「人生論ノート」など論外である。編集者の見識を疑う。

 

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*[1] 「青春」の興亡については、三浦雅士の『青春の終焉』(2001年・講談社)に詳しいが、「青春記」という現象については、また別稿を起こす必要があるかと思う。

*[2] とは言うものの、やはり、「青春」、「青春記」という現象は、ある特殊な時代的背景を背負っていると言って過言ではない。それは、社会全体が、或る種の希望、それも未達成、未完了という形での共同的な希望を持ち得た時代ということになる。言うまでもなく、まさにそれこそ「近代/modern」という時代に他ならない。その意味では、その「近代/modern」が終焉を迎えようとする今、青春記を書くことそのものが時代錯誤と言わねばならないだろう。

*[3] その意味では途中にあるK-popに関する分析なども本来的には不要である。

*[4] 不評を呼び、文庫化に当たり、大幅な改稿に追い込まれた(のだと思うが)『バベル九朔』(2016年・角川書店/2019年・角川文庫)こそまさに本書の第四章の下りを題材にしたものだが、いささか重い、重過ぎるというべきか。『バベル九朔』については別稿を起こす予定である。

*[5] その重大なポイントすらも、この語り口(これは良さでもあるのだが)で相殺されてしっまている気がする。

2017年7月4日火曜日

素晴らしいが、もう一歩何かが足らない     万城目学『とっぴんぱらりの風太郎』

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素晴らしいが、もう一歩何かが足らない 

万城目学『とっぴんぱらりの風太郎』 




万城目学『とっぴんぱらりの風太郎』2013年9月30日・文藝春秋。 
■長篇小説(時代・忍者) 
■2017年6月30日読了。 
■採点 ★★★★☆ 

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 750ページにも及ぶ大部な、この時代小説をほぼ揺るみなく書き上げた筆力は生半可なものではない。圧倒的と言ってもよい。素晴らしいの一言につきる。 
 物語の最後半でのくだりが旧作『プリンセス・トヨトミ』に繋がっているのも感情を動かす。 
 しかしながら、何かもう一歩足らない。それはデビュウ作『鴨川ホルモー』と比べて、ということだ。それは「爽やかさ」ということだ。 
 多くの有能な著作家は自らのデビュウ作を越えることは、やはりできぬものなのか。 
 もうひとつ。これも瑕瑾というべきだし、そもそも先の論点と矛盾するが、大人の世界が書けていない、という点だ。意図的に書かないのかも知れぬ。が、本作で云えば百市という女忍者をいかに描くのかというのはじ重大なポイントだったはずだ。 
 さらにもうひとつ。物語の始まりは京でぶらぶらしているまさにプー太郎をしている主人公の気持ちの行き場のなさであるべきではなかったか。 
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2017年6月29日木曜日

最近の読書②

最近の読書② 


眼や足腰や気力がめっきり弱ってしまったので何もする気が起きない。 

何も書くことが浮かばない。 


本も読めない。 


読書ノートも一冊ずつ起こせない。 

①村田沙耶香『星が吸う水』2010年2月26日・講談社。読了日不明。 
 うまく自身のテーマを表現できていないのか。表題作は女性が立ち小便をする話。もうあと一歩か? 


②筒井康隆『繁栄の昭和』2014年9月30日・文藝春秋。読了日不明。 
 永遠に繁栄期の昭和時代が繰り返される表題作 

*筒井作品の中の「繰り返し」「反復」の重要性については云うまでもない。 

 階段状の広壮な屋敷のなかで腐敗する一族の歴史が語られる「一族散らし語り」などが優れていた。 

③筒井康隆『虚人たち』1981年4月15日・中央公論社。2017年6月3日再読了。 
 読み始めたのがたぶん2月頃(もしかして昨年の?)で、余りにも断続的に読んだため正確に評価できない。要するに気力が落ちているときに読むべき本ではないということか。 

④筒井康隆『パプリカ』1993年9月20日・中央公論社。2017年6月20日読了。 
 う~ん、もったいないな。このパプリカのキャラクターでシリーズ化できたのに。長編小説としても枝葉を剪定することでより作品の魅力もいや増すはずだが。いささか残念だな。 

⑤筒井康隆『邪眼鳥』1997年4月25日・新潮社。2017年6月13日再読了。 
 併録作「RPG試案――夫婦遍歴」とともに大変優れた作品である。 
 一言で云えば「死への親近性」と「妻への愛」ということになるが、これらは筒井康隆の根幹をなすテーマと云ってもよい。これについては別稿を起こす。 

⑥万城目学『悟浄出立』2014年7月20日・新潮社。読了日不明。 
 それまでの万城目作品とは毛色が異なるが、これはこれで面白かった。『三国志』の重要人物趙雲の鬱屈を描く「趙雲西航」。項羽に殉じる虞美人を描く「虞姫寂静」。宮刑に消沈する父司馬遷を叱咤して『史記』の執筆に向かわせる少女・栄を描く、文字通り「父司馬遷」が優れていた。 

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