2026年
謹 賀 新 年
皆様、新年明けまして御目出度う御座います。
旧年中は、皆様に支えられた1年でした。誠に有難う御座いました。皆様あっての鳥の事務所です。新年も、どうか宜しくお願いします。
昨年、2025年は、仕事面では役職を降りた(降ろされた?)せいで、途端に暇になり(これが閑職ということですね)、普段しない基礎的な仕事を黙々とこなしました。
同時に今流行りの生成AI(会社がChatGPT推奨だったので、捻くれ者のわたしはGoogleのGeminiを主として使用しました)を素人なりに「駆使」して、大量の仕事をしました(と言うよりもAIにしてもらいました)。ハルシネーション(AIが大嘘をつく問題)などの問題はありますが、これはまさに隔世の感です。同量の仕事を手打ちでしていたら、おそらく10倍程かかっていた、ということは、全く進まないということになっていたと思いますが、これがあっという間です。
多くの方がおっしゃるように、問題はプロンプト、指示の仕方、指示がかなり煩瑣にならざるを得ない、ということはありますが、いずれにしても仕事が高速で進む、ということは素晴らしいことです。まだ、到底使いこなしているとは言えませんが、まあ、なんとかなっています。これは驚きでした。本年も引き続き極めていきたいと思います。
ただ、どうしても手作業でせねばならぬこともあり、それは結構な量の持ち帰りの残業となり、これを如何に処理するかは相変わらず懸案として残ります。
2 本を出しました(笑)!
個人的なことではありますが、昨年の夏ぐらいか? 急遽、相方が、文フリに出ようぜ! と言い出し、それならばと、懸案の三浦論を一応完成させ、11月に書籍化したのは大変な(個人的には)大変な飛躍でした。つまり、口で言うだけで一向に前に進まない、ということが長年続いていたのを、一旦形にして、話を進めた、というのは相当な前進でした。無論、内容が伴わなければ意味がないというのは全くその通りなのですが、価値ある内容など、早々にはできるはずはないのです。凡人たるわたしとしては、そこはもう目を瞑って前に進むしかありません。周りへのご迷惑は謝罪するしかありません。
いずれにしても相方が誘ってくれなかったら、ま、いいや、で終わっていたところでした。持つべきものはよき相方です💛。
で、その書籍、『三浦雅士――人間の遠い彼方へ』ですが、文フリでは、文フリバブルで、ななななんと7冊も売れたのです。お買い上げいただきました皆様、誠に有難う御座います。
また、文フリの翌日に開催された、前橋文学館主催の三浦雅士展(1月25日まで開催)に附随する三浦雅士さんの講演会では、前橋文学館のスタッフの方(Yさん)に、大変お世話になり、三浦雅士の貴重なお話しを聞かせていただき、その上、当該の書籍も手渡しすることができました。誠に有難う御座いました。
実は、当日、電車の人身事故の関係で、到着がギリギリになってしまい、展覧会の展示そのものを当日見ることができませんでした。また、行かねばならないのですが、なにしろ、前橋は遠い上、交通費もかかりますので、どうしたものかと思っています。会社もここらから繁忙期にはいるので上手く時間が取れるか、迷いどころです。
その後、書籍はPASSAGEに置かせてもらっていますが、全く音沙汰がなかったのですが、年末になり1冊売れたとのことです。お買い上げいただきました方、誠に有難う御座います。現段階では、全く心苦しい内容ですが、やがて、価値が出てくるように、これからしっかりと精進してまいります。どうか宜しくお願いします。
また、合わせて、相方、すずのさちこも『私の愛するものごといのち』なる小冊をPASSAGEにて販売しております。どうか、お引き立てのほど宜しくお願いします。
さて、その後どうしたか、ということですが、トゥルーマン・カポウティ論の修正に入ったのですが、全くやる気が出ず、困ったな、と思っていたのですが、突如、「ディドロの夢」という啓示が降りてきました。そこで、全く、唐突に見えますが18世紀フランスの啓蒙思想家ドゥニ・ディドロについて書こうと思い立ち、準備に入りました(笑)。
というのは、今を遡ること30数年前にたまたま目にした、小宮彰さんという比較文学者、と言うよりも思想史家の「ディドロとルソー」*[1]なる論文のことが忘れられず、数年前に、一応紹介記事を書いたことがありました。そもそも、失職しているときに、何か書こうと思ったときに三浦論と迷ったのも、この小宮さんのディドロ論でした。そのときは、そもそもディドロについて全く読んでもおらず、フランス語もできませんし(無論、今もできませんが)、已む無く諦めたのですが、どうにも忘れられず、こつこつとディドロ関係の書籍を集めていたのでした。
そこで機は熟したと言えるかどうか分かりませんが、一旦見切り発車的に書き始めまたのです。ディドロが多用した、対話体で書くことにして、題号も一旦「ディドロさん、こんにちは」と変更しました。
無論、素人が書くものですから、研究書でもなんでもない、単なる感想文でしかないのですが、ディドロの問いかける問題の一端でもご紹介できれば、とは思っています。
ま、そんな訳で、お正月休みはディドロ論の準備に時間を割くことができるかなと思っていましたが、豈図らんや、会社の仕事が全く終わらず、今も泣きながらやっています(笑)。
今日は実家に行きますが、帰ったらまた仕事です(泣)。
4 韓国映画『大洪水』
むしろ、単一の方向に一直線に時が流れるという発想こそ近代の社会が我々人類に課した檻のようなものではないでしょうか?*[3]
思想家の東浩紀さんの『ゲーム的リアリズムの誕生』*[4]、あるいは『訂正可能な哲学』*[5]とは、その辺りの所以を、問うているような気がしますが、いかんせん未読のため、確証はありません。失礼。機会があればこの下りは書き改めます。
そんなこんなでよく分からない年のはじめです。
そう言えば、ネットによれば岩明均さんの未完(連載途上ではあるが、完結の目処が立っていないようです)の長篇歴史漫画『ヒストリエ』*[6]がアニメ化されるようです。これを機に岩明さんにおかれましては、ぜひ完結までご執筆をお願いしたいと思います。途中までは所持していましたが、あるあるパターンでどこからか挫折したようです。これを機にわたしもぜひ全巻読み直したいと、思います。
6 大昔のお正月
そんな訳で、実家の帰りに2軒ブックオフ巡りをしていました。まーやむなし。
そう言えば十年ぐらい前だと思いますが、元日だけ休みということがありました。というかほぼ例年のことでしたが。
ぶっちゃけ、夏休みの後は休みなしが続き、やっと1月1日が休み、それも休みは休みでしたが、掃除とか、翌日からの準備で出勤というのはザラでした😆。この後休みになるのが年度替わりの数日という有様でしたが、こういう休みを返上しても帳尻を合わせようとする社員は、会社にとっても迷惑この上ない訳で、結局なんだかんだで、前の会社は体よく本人都合という形で、追い出されました(笑)。おそらく尺度というか基準が全く正反対か、ズレにズレまくっていたんでしょうね。前職の皆さんには、本当に申し訳ないことをしてしまったと思います。御迷惑をおかけいたしました。
ま、それはともかく、せっかく1月1日が休みなので、さて出かけるとしよう、と言っても、疲れ果てて、昼過ぎに起床しているので、家族はもう誰もいません。仕方なく、1人で街に出かけますが、ブックオフぐらいしか行くところがないので、行こうかと思うのですが、そのころ住んでいたところの近くのブックオフはビルのテナントに入っていたので元日は閉店だったんです。なんだこりゃ、って思うんですが、仕方なく、結構歩いて少し遠くにあるショッピングモールとかにふらふらして歩いていったのを覚えています。そのころの休みは大体フラフラしているので、まずドリンク剤を飲んでドーピングしていました。ショッピングモールも閑散としていて、よく見かける、路上をちょこまかと歩く小鳥の後をついて歩いていったのを覚えています。その後、結局どうしたんでしょうかね?
ま、それを思うと隔世の感です。一体全体あれは何だったんでしょうね?
どうしてあんなに休みがなくても、誰も何も言わなかったんでしょうかね? 金目当てだと思われていたのかもしれませんし、本人が好きでやってんだから、ほっとけばいいや、ということだったんでしょうか?
そういう意味では役には立たないが、都合のいい人間だったのかもしれません。
7 小宮彰さんについて
先ほど言及した小宮彰さんも、もしかしたらそういうところがあったのかもしれません。1985年を最後にほとんど目立った論文をお書きになっていないのですが*[7]、丁度学者としては脂の乗り切っていたであろう時期です。ご病気でもされていたのか、あるいは残念ながら夭折されたのか、とも思ったのですが、多少調べてみると、師匠筋や、先輩の先生たちからはいいように使われていたように思えます。周りからは「いい人」扱いされていたようですが、その意味では、多少軽んじられていたようにも取れます。東大比較文学会の世話役をよくされていたようで、後進の面倒もよく見られていたようですが、そんなこんなで自分の研究が全く進まず、論文もお書きになっていないようでしたし、途中からは寺田寅彦についての論文をお書きになっていますが、どう転んでも、ディドロ、ルソーの研究が寺田寅彦に転じるのはいささか無理があるようにも思います。
ま、ちょっと変わった方だったのかもしれませんが、先述したディドロ論からすると、大分惜しいことをしたな、とも思いますが、全く状況も文脈も、違いますが、わたしも人のことを、とやかく言える立場にはありません。全くもって恥じ入るばかりです。
小宮彰さんは68歳でお亡くなりになりました。わたしも残された時間を考えるとあまりつまらないことに時間を割くわけにはいきますまい。精進致します。
8 本日の収穫
話は全く変わりますが、余り新刊では本を買わないようにしています。それは単純に経済的な事情によるのですが、例外は村上春樹さんの小説、エッセイ、雑誌掲載については買います。これは推し活動の一環なのでやむなしですね。
しかし、昨日は大晦日ということあって、新刊の本屋を覗きました。そういえば、昨日は大晦日で、久し振りに相方と休みが合ったので、CORKまで餅を買いに行きました。
まず、着いてから、S蕎麦で、早めの年越しそばを食べました。寒かったので温かいそばを頼んでしまったのですが、S蕎麦は冷たいそばが旨いのでした。そもそも春菊天もなかったので、ちょっと残念でしたが、ま、それなりに美味しかったです。それから、MYNという有名な和菓子屋さんに和菓子と餅を買いに行ったのですが、凄い行列で20分ほど待ちました。お菓子と、正月、実家に持っていく菓子折りは買えたのですが、餅は予約で一杯で、四時ごろになると言われて、断念。ダンネンです。それからCORKのTKをぶらぶら見て(わたしはまたブックカヴァー(ペンホルダー付き)を買ってしまいました。本当は手帳カヴァー)、500円のロボット掃除機を探したり(結局なかった)、今年こそは松飾を買おうと思ったりした(結局買わず終い)のですが、疲れたので、お茶を飲むためと本屋に行くためにSMONに移動。KZ書店でサリンジャーの文庫を買う。BNに移動してKS珈琲でお茶を飲む。混んでいて対応が遅かったのですが、ま、大晦日で混んでいたのでやむなし。ミックスサンドが美味しかったです。その後、下のLFで食材などを買って帰宅しまし
サリンジャーの文庫は、アメリカで未刊行の作品を翻訳したもので、12月に文庫化された『彼女の思い出/逆さまの森』と、ついでに買っていなかった、同じサリンジャーの『このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる ハプワース16、1924年』も買いました。
本当はポール・オースターの最後の作品『バウムガートナー』と、これまた12月に文庫化された『サンセット・パーク』、あるいは12月に完全版が刊行されたウンベルト・エーコ『薔薇の名前』、さらにまた全集には入っているが、単行本には未収録だった短篇小説を集めた、丸谷才一さんの生誕百年記念出版『今は何時ですか?』などにも食指が動いたが、ここはあえて我慢。
その分、本日ブックオフ巡り(と言ってもたった二店だが)で発散。
1 小山鉄郎・ハルノ宵子画『文学はおいしい』作品社。……小山さんとハルノさんのコラボだったので。
2 阿川弘之『鮨そのほか』新潮社。……題名と造本に魅かれて。
3 村上春樹編訳『月曜日は最悪だとみんなは言うけれど』中央公論新社。……実家にあるはずだが。
4 南伸坊・本人、南文子・写真『本人遺産』文芸春秋。……天才としか言いようがない。
5 堀田善衞『ミシェル 城館の人** 自然 理性 運命』集英社。……やっと第2巻をゲット。1巻なんか2冊持ってるし。
6 丸谷才一『別れの挨拶』集英社。……丸谷さんの新刊を買えない腹いせになった。歿後刊行、ほぼ最後の(?)本。
7 大岡信『萩原朔太郎――近代日本史人選10』筑摩書房。……大岡さんだったのと、朔太郎についてもっと知るべきだと思い。
8 辻井喬『流離の時代』幻戯書房。……辻井さんの未読のもの。
9 辻井喬『詩が生まれるとき――私の現代詩入門』講談社現代新書。……実家にあるが、今手元にないので。
10 長谷川英祐『働かないアリに意義がある』メディアファクトリー新書。……「人間の労働」の参考になるかと思って。もし、生物的に働かないのが常態だとすると、人間の労働することが一般的な行動になっているのは、生物的には異常なことではないか。
11 長田卓『カラー版 至福の純米酒一〇〇選』新書y(洋泉社)。……日本酒は極めようとすると金と時間がかかる。気休めに。
12 国分功一郎『暇と退屈の倫理学』新潮文庫。……単行本は持っているが。
13 原武史『沿線風景』講談社文庫。……原さんの著作も読まないまま、集め続けている。
14 吉田健一『東京の音』ちくま学芸文庫。……吉田健一なので。
これから会社の仕事に戻ります。明日も仕事です( ノД`)シクシク…。
ま、そんなわけで、慌ただしい年の初めでした。
今年もよろしくお願いします。
2026年1月2日 10時8分
🐤 鳥の事務所
参照文献
⑴ 岩明均. (2004年-). 『ヒストリエ』現12巻. KCアフタヌーン(講談社).
⑵ 小宮彰. (2009年). 「ディドロとルソー 内在と外材――言語コミュニケーションをめぐって」. 著: 小宮彰, 『ディドロとルソー 言語と《時》――十八世紀思想の可能性』. 思文閣出版.
⑶ 小宮彰. (2009年). 『ディドロとルソー 言語と《時》――十八世紀思想の可能性――』. 思文閣出版.
⑷ 真木悠介. (1981年/1997年). 『時間の比較社会学』. 岩波書店/同時代ライブラリー(岩波書店).
⑸ 東浩紀. (2007年). 『ゲーム的リアリズムの誕生――動物化するポストモダン2』. 講談社現代新書.
⑹ 東浩紀. (2023年). 『訂正可能な哲学』. ゲンロン.










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