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2022年6月24日金曜日

PASSAGEどうぶつ会議に出品します!

 🐤鳥の事務所PASSAGE店通信🐤

PASSAGEどうぶつ会議に出品します!


 


皆さん、今日は。「鳥の事務所」です。

来る、625日(土)、26日(日)の終日でPASSAGEどうぶつ会議」と題し、フェア台にて展開致します。

『どうぶつ会議』とは、ドイツの作家エーリヒ・ケストナーが1949年に出版した子どものための本『動物会議(Die Konferenz der Tiere)』で、ケストナーが第二次世界大戦後にはじめて手がけた本作は、彼の友人で「子どもの本で世界を平和にする」ことを願い、後にIBBY(国際児童図書評議会)、ミュンヘン国際児童図書館を創設したイエラ・レップマンのアイディアが元になったものでした。

 今回、PASSAGE棚主の「たぬきの本棚」さん、「BOOKSみつばち」さんの呼びかけで、棚名に動物(生き物)が入っている棚主を中心に「PASSAGEどうぶつ会議」を開くことになりました。

 今回のテーマは

「誰がはちみつを食べたか?」

 ではなく、原作のテーマを活かし

「子供たちのために!」

となっています。

 参加する動物たち(棚主さんたち)は今のところ、

たぬきの本棚さん

BOOKSみつばちさん

青羊舎さん

人鳥書店さん

羊葉文庫さん

青熊書店さん

ますく堂なまけもの叢書発行人さん

さるうさぎブックスさん

書肆斑猫さん

 とのことです。

 どうか皆さんのご来店を心よりお待ちしております。

 わたくし、鳥の事務所は、両日とも、世を忍ぶ仮の姿で会社に行くため((´;ω;`))、在店できませんが( ノД`)、たぬきの本棚さんとBOOKSみつばちさんが一日店長として采配を振るっていただけるようです。

さて、当・鳥の事務所としては、「子供たちのために!」というテーマからかなり逸脱するかと思いますが、先年、お亡くなりになった詩人・評論家の吉本隆明さんの最晩年の著作

『フランシス子へ』を出品致します。






「フランシス子」とは、吉本さんと相思相愛の仲だったと言われる猫さんの名前ですが、その猫さんの死に際して、思いつくままに、生と死のことや、親鸞のことなどを平易な言葉で綴ったものです。恐らく、吉本さんの著作の中でも最も美しい本の一冊だと思います。表紙には吉本邸の庭の写真と吉本さんの書斎の写真があしらわれています。カヴァーにはフランシス子の足跡も。

インタヴューによる聞き書きですが、或る種の散文詩にもなっていると思います。根柢にあるのはフランシス子という猫さんを通しての、生きとし生けるものへの温かい視線、あるいは手触りです。

ほぼ新品です。是非、PASSAGEにてお手に取って御覧ください。

 

 

 

PASSAGE by ALL REVIEWS

https://passage.allreviews.jp/

東京都千代田区神田神保町1-15-3

サンサイド神保町ビル1F

 

本店(?)の方の、当面の特集は

「ジェイムズ・ジョイス『ユリシーズ』100年!」ということで、ジョイス関係の本になります。

 

詳細は以下をごらん下さい。

鳥の事務所 | PASSAGE by ALL REVIEWS

 

皆さま、どうか宜しくお願いいたします。

🐤

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2021年4月18日日曜日

これは「旅」なのか? 吉本隆明『漱石の巨きな旅』

 📚読書ノウト📚  🐈漱石を読む🐈 ⓨ吉本隆明を読む 

  

これは「旅」なのか? 

吉本隆明『漱石の巨きな旅』   

  


    

■吉本隆明『漱石の巨きな旅』1997年/2004年7月25日・日本放送出版協会。 

1,200円(税別) 

■中篇評論(夏目漱石・近代日本文学)。 

■装幀 芦澤泰偉。 

189ページ。 

2021年4月15日読了。 

■採点 ★☆☆☆☆。 

  

 漱石の生涯になした二つの「旅」*について論じたもので、もともとフランスの雑誌**の需めに応じて書かれたものとのことだ。 

  

*1900年から1903年にかけて行われたイギリス・ロンドンへの留学と「満韓ところどころ」(「どころ」は正確には踊り字〈繰り返し文字〉「ぐ」を三文字分取る/1909年)という紀行文として残っている、1909年満州、朝鮮への旅のこと。 

  

**La Quinzine Littéraire-Louis Vuiton,1997. 

  

 しかしながら、いくつか疑問がある。 

  

 (1) 「旅」がテーマになっているが、そもそも「旅」とは何か、ということもさることながら、漱石の旅の一つ目のロンドン留学について言えば、果たして旅と言えるのか。2年もイギリスにいたわけだから、むしろ、旅というより滞在に近い。それも「旅」だ、とするのであれば、なんらかの説明がいる気がする。 

 せっかく冒頭「旅ということに近代的な意味を与えはじめたのは田山花袋ではないかとおもう。近代的意味というのは、もともと日常く返している職業の都合からではなく、名づけようもない動機の旅にいわば形而上学的な意味を付けはじめたというほどのことを指している。」(本書・p.9)と始めておきながら、この件はどこかに忘れ去られてしまったようだ。 

 個人的な見解をさし挟めば、恐らく動機なり、理由なり、目的なりが漠然としているものが、「旅行」と「旅」を分かつものだと考えるが、果たして、そこに「近代的意味」となると、即答し難い。 

 そもそも、今回取り上げられている漱石の「旅」が果たしてこれに合致するかどうか? 

  

(2)大半は漱石の原文、あるいは現代語訳の引用文から成立している。もちろん、漱石の小説を読むものは無数にいても、『文學論』や日記あるいはメモ、断片の類まで読むものはそうざらにはおらぬであろうから、これはこれでありかな、とは思うが、フランスの読者はどう思ったであろうか。 

  

(3)おそらく、その意味では漱石の原文(現代語訳も含めて)を以て語らしめよ、ということのだろうが、吉本自身のコメントが少ない。わたしの読解力の至らなさであろうが、要するに漱石にとってこの二つの旅の意味が今一つ摑みとれなかったのは残念だ。 

  

 ただ、漱石初期の文章から「満韓ところどころ」に至るまで精緻な分析がなされているのは流石というしかない。 

 吉本の漱石論は、本書とは別に『夏目漱石を読む』(2002年・筑摩書房)がある。そちらを参照したい。 

  

🐦 

2021/04/18 0:08 

🖊1,227字(四百字詰め原稿用紙換算4枚)