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2026年7月26日日曜日

映画「静かな生活」特別上映会・報告レポート

 

映画「静かな生活」特別上映会・報告レポート



*本文中の註記・コラムはすべて報告者による。

*報告者の感想の類は別稿を上げることとする。

【要約】 映画『静かな生活』の特別上映会が東京大学で開催された。第一部では松本拓真氏が、本作の女性の語り(ナラティブ)による構造転換に着目し、障害者の性やケアを巡る複雑な権力関係と平穏を阻む社会的偏見について考察した。第二部では伊丹プロの玉置泰氏を迎えてトークが行われ、大江健三郎のノーベル賞受賞をきっかけとした映画化の経緯や撮影裏話、父・伊丹万作の思想と大江・伊丹家の深い絆が語られた。

SamaryA special screening of the film A Quiet Life was held at the University of Tokyo. In the first part, Takuma Matsumoto examined the structural shift created by the female narrative, analyzing the complex power dynamics surrounding disability, sexuality, and care, as well as the societal prejudices that hinder peace of mind. In the second part, Yasushi Tamaoki of Itami Production joined a talk discussing the movie's production—sparked by Kenzaburo Oe’s Nobel Prize win—along with behind-the-scenes anecdotes and the deep bond between the Oe and Itami families rooted in the philosophy of father Mansaku Itami.

 

2026725日(土)、東京大学本郷キャンパス法文2号館1番大教室にて、映画『静かな生活』の特別上映会および関連講演・トークセッションが開催された。






【開会挨拶】映画化作品としての大江文学

開会にあたり、東京大学の阿部賢一氏より挨拶が述べられた。大江健三郎作品の映画化は初期において見られる*[1]が、本作『静かな生活』*[2]は伊丹十三監督によって映像化された、障害を持つ子どもを主題に据えた象徴的な作品であることが示され、本上映会の趣旨が示された。

【第一部】研究報告:「反撥する声、綴られる懊悩――大江健三郎『静かな生活』における障害者の性とケアの地平」

続いて、立教大学日本学研究所研究員であり、大江健三郎および障害者研究の第一人者である松本拓真氏による研究報告が行われた。

松本氏はまず、作品におけるナラティブ*[3]の構造的転換に着目した。本作は大江文学において初めて長女である「マーちゃん」の語りを採用しており、それまで前景化していた父親(作者)をあえて背景へと退ける構造を取っている。従来の『新しい人よ眼ざめよ』*[4]や『人生の親戚』*[5]といった作品で描かれてきた「父/母」と「障害を持つ子」の縦の権力関係に対し、本作では父母を海外へ長期滞在させて子どもたちだけの閉ざされた空間を作ることで、かえって父親への批評性を浮かび上がらせていると指摘する。

さらに議論は、主人公が望む「静かな生活」を脅かす阻害要因へと及んだ。作中には父子関係にとどまらず、ジェンダーや異性愛主義といった複層的な権力関係が存在することが暗示される。主人公マーちゃんは「父はデッドエンド(行き詰まり)の乗り越え方を教えてくれない」という深層の苦悩を抱えている。彼女が求める平穏を阻む背景には、障害者の性を危険視する世間の偏見や、障害者を「永遠の子供」とみなしてその性を抑圧する社会的視線がある。

障害者を特別視せず捉えようとする視線がある一方で、現代社会には「障害者の性」を語るための十分な言葉が存在しないとも言える。この言語の欠落こそが、主人公の内なる反発や言語化しがたい葛藤を生み出す要因となっている。こうしたケアの現場におけるパターナリズム(父権的介入)や権力関係の逆転、そして「女性の語り」や書く行為が持つ救済の可能性を通して、『静かな生活』という作品がどのように捉え直されるべきかが論じられた。

 

【第二部】映画『静かな生活』上映とアフタートーク

映画『静かな生活』1995年制作、121分)の上映後、伊丹プロダクション取締役の玉置泰氏をゲストに迎え、阿部賢一氏の聞き手によるアフタートークが行われた。

玉置氏は、映画『お葬式』以来長年にわたり伊丹十三監督の作品*[6]に携わってきた人物である。大江健三郎と伊丹十三は愛媛県立松山東高校の同級生という深い縁を持つ。玉置氏自身はもともと文学青年ではなかったというが、大江の随筆『厳粛なる綱渡り』*[7]に描かれた文章を通じて、映画監督・伊丹万作の息子としての伊丹十三の存在を知ったという。

伊丹監督にとって本作は、キャリアの中で唯一の「原作付き」映画化作品である。1994年に大江氏のノーベル文学賞受賞が決まった直後、飛行機に乗っていた伊丹監督はすぐさま『静かな生活』の映画化を思い立ち、大江文学に触れたことのない層へ届ける絶好の機会と捉え、そのことを玉置氏に話した。普段は自身でアイデアを練り取材を重ねる伊丹監督だが、この提案は大江氏側にも快諾され、短期間での製作が進められることとなった。

脚本は伊丹監督自身が手がけ、何度も細かな書き直しが重ねられた。撮影に際しては大江氏本人、大江氏の妻・ゆかりさんや長男・光さんもロケ現場を訪れ、温かな交流が行われた。実際に光さんのためにディレクターズ・チェアが用意されたかどうか記憶にないそうだが、その情景は、大江文・ゆかりさん絵による『ゆるやかな絆』*[8]の挿絵に描かれている。1995年に行われた映画化許諾のセレモニーは、阪神・淡路大震災やオウム真理教事件が起きた直後の緊迫した情勢の中、寿司屋のカウンターで大江・伊丹・玉置の3名によって執り行われたが、二人は高校時代と変わらない調子で会話を交わしていたという。

公開から30年が経過した本作について玉置氏は、マーちゃんがひたすら文字を書きつけるシーンを丁寧に追うカメラ・ワークなど、映像表現としての冴えを改めて評価した。伊丹監督全10作品の平均配給収入が10億円規模であったのに対し、本作は約2億円と興行的には異色作であったが、若い俳優の抜擢や光さんの音楽の全面的な使用など、監督のフィルモグラフィにおいて極めてユニークで貴重な位置を占めている。

トークの終盤、玉置氏は若い世代に向けて、デザイナー、エッセイスト、雑誌編集者、CM制作者と多彩な才能を発揮したのちに映画監督へと至った伊丹十三の表現者としての歩みを紹介した。高校時代の集合写真において、周りが坊主頭に学ラン姿である中、一人だけ髪を伸ばし私服で写っていたというエピソードからは、その際立った個性が窺える。また、父・伊丹万作監督の『手をつなぐ子どもら』も障害児をテーマにしており、大江と伊丹の二人が共有していた精神的な深い繋がりが提示された。

⋆~⋆~⋆~⋆~⋆コラム tea for one その➀ 「手をつなぐ子等」⋆~⋆~⋆~⋆~⋆~⋆~

『手をつなぐ()()』は、厳密には伊丹万作が「脚本(脚色)」を手がけた劇映画作品です(監督は稲垣浩)。

伊丹万作の遺作シナリオとして日本映画史および障害児教育の表象において極めて重要な位置を占めています。

基本情報

·       公開年1948年(昭和23年)

·       原作:田村一二(障害児教育者・社会事業家)

·       脚本:伊丹万作

·       監督:稲垣浩

·       撮影:宮川一夫

·       制作・配給:大映

·       主な出演者:笠智衆、杉村春子、徳川夢声 ほか

作品の概要とあらすじ

知的障害(当時は「特異児童」「精神薄弱児」などの呼称)を持つ少年・中山寛太と、彼を取り巻く学校や地域の人々を描いたヒューマンドラマです。

学校になじめず転校を繰り返していた寛太が、理解ある松村先生や家族、そして周囲の子どもたちとの関わりを通じて温かく受け入れられていく姿や、純粋で善良な寛太の存在によっていじめていた子供たちの心も変わっていく様子が描かれます。

歴史的背景と特記点

1.     伊丹万作の「遺作シナリオ」 病床にあった伊丹万作は、田村一二の原作に深く感銘を受け、戦時中の1944年にこのシナリオを執筆しました。しかし映画化を前に万作は1946年に他界。盟友であった稲垣浩監督がその遺志を継ぎ、終戦直後の1948年に映画化を実現させました。

2.     障害児教育・福祉の金字塔 障害を持つ子どもを「情けをかける対象」として描くのではなく、一人の人間としての尊厳や感情、そして周囲の偏見を問い直す視点で描いた先進的な作品です。日本映画における障害者表象の先駆けとなりました。

3.     のちのリメイクと大江・伊丹家との繋がり 1964年には羽仁進監督によって『手をつなぐ子ら』としてリメイク(モスクワ国際映画祭審査員特別賞受賞)されました。 また、伊丹万作の息子である伊丹十三や、その義弟・大江健三郎(長男・光さんが障害を持つ)にとっても、父・万作が残したこの「障害者と人間の尊厳」というテーマは、それぞれの作品世界(『静かないのち』『新しい人よ眼ざめよ』等)へ通底する重要な思想的背景となっています。

手をつなぐ子等 / Children Hand in Hand (1948) この動画は1948年に公開された稲垣浩監督版『手をつなぐ子等』の本編映像であり、伊丹万作の遺作シナリオがどのような形で映画化されたかを確認できる貴重な記録映像です。

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⋆~⋆コラム tea for one その② 「大江健三郎による伊丹万作の全集など」~⋆~⋆

大江健三郎が編集に深く携わった伊丹万作の出版物は、主に筑摩書房から刊行された著作集および選集です。

1. 『伊丹万作全集』全3巻(筑摩書房、1961年)

戦前・戦中に卓越した監督・シナリオ作家として活躍し、批評家としても異彩を放った伊丹万作の全著作を網羅した初の本格的全集です。

·       刊行年1961年(昭和36年)/1973年に新装版刊行

·       構成

o   1:監督・執筆したシナリオ(『赤西蛎太』『国士無双』等)

o   2:病床で執筆された遺作シナリオ群(『無法松の一生』『手をつなぐ子等』等)

o   3:鋭い観察眼と知的ユーモアに満ちた映画論・社会批評・随筆(「戦争責任者の問題」「演技指導論草案」等)

大江は当時20代半ばの若手作家でしたが、義理の父(妻・ゆかりの父)にあたる伊丹万作の思想と文筆に強い敬意を抱いており、遺族や出版社とともにこの全集の編纂・整理において中心的な役割を果たしました。

2. 『伊丹万作エッセイ集』(筑摩叢書、1971 / ちくま学芸文庫、2010年)

上記全集から、特に現代にも通じる鋭い人間観察や人生観、社会・戦争批評が込められた名著エッセイを大江健三郎が自ら精選・再編集した選集です。

·       編者:大江 健三郎

·       大江による解説:巻末に解説寄稿「モラリストとしての伊丹万作」を執筆。万作を単なる映画人にとどまらない、戦前・戦中を生き抜いた峻厳な「モラリスト(思想家)」として再評価しました。

大江健三郎にとって伊丹万作の文章を編み直す作業は、義兄である伊丹十三との絆を深めるきっかけとなっただけでなく、自身の文学的・思想的骨格を形成する上でも極めて重要な営みでした。

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最後に、愛媛県にある中村好文氏設計の「伊丹十三記念館」への来訪が呼びかけられるとともに、東京大学にて9月に開催予定のパネル展示「文学部の扉」の告知が行われ、上映会は盛況のうちに幕を閉じた。

【主要参考文献】

大江健三郎. (1965年). 『厳粛なる綱渡り』. 文藝春秋.

大江健三郎. (1983年). 『新しい人よ眼ざめよ』. 講談社.

大江健三郎. (1989年). 『人生の親戚』. 新潮社.

大江健三郎. (1990年). 『静かな生活』. 講談社.

大江健三郎, 大江ゆかり. (1996年). 『ゆるやかな絆』. 講談社.

 

🐧 2026年7月26日 1536

5648字(400字原稿用紙換算14枚)



*[1] 大江健三郎の小説・文学作品を原作として映像化された映画作品は、以下の通りです。➀ 蔵原惟繕 『われらの時代』 1959年・日活。② 増村保造『偽大学生』(原作:『偽証の時』)1960年・大映(東京撮影所)。③大島渚『飼育』 1961年・ パレス・フィルム。④伊丹十三 『静かな生活』 1995年・伊丹プロダクション。⑤リティ・パン(Rithy Panh)『飼育』(原題:Gibier d'Élevage / カンボジア・フランス合作による再映画化) 2011年・ Anupheap Productions / Catherine Dussart Productions (CDP)

*[2] [大江, 『静かな生活』, 1990年]

*[3] ナラティブ(narrative)とは、一言で言えば「語り手自身の視点や体験から紐解かれる『物語』」のことです。単なる客観的な「事実の記述(ストーリー)」とは異なり、「誰が、どのような立場や想いで語っているか」という語り手の主観や生の声に重きを置く点が大きな特徴です。

*[4] [大江, 『新しい人よ眼ざめよ』, 1983年]

*[5] [大江健三郎, 1989年]

*[6] 伊丹十三監督作品 1.『お葬式』1984年・葬儀・冠婚葬祭。2.『タンポポ』1985年・食・ラーメン。3.『マルサの女』1987年・脱税・国税局査察部。4.『マルサの女21988年・地上げ・宗教法人・政治献金。5.『あげまん』1990年・男を出世させる女性・芸者・日本の男社会。6.『ミンボーの女』1992年・民暴(民事介入暴力)・暴力団対策。7.『大病人』1993年・医療・末期ガン・死生観。8.『静かな生活』1995年・障害者と家族のケア・文学。9.『スーパーの女』1996年・スーパーマーケット・食品偽装・流通。10.『マルタイの女』1997年・カルト宗教・身辺警護(マルタイ)・警察。

*[7] [大江, 『厳粛なる綱渡り』, 1965年]

*[8] [大江 大江, 『ゆるやかな絆』, 1996年]

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