🏈大江健三郎――文学の運動🏈
何度も同じ夢を見る、何度も思い出し、捉え直す、やがてそれは明確な現実となる
大江健三郎『臈たしアナベル・リイ 総毛立ちつ身まかりつ』(文庫化・改題『美しいアナベル・リイ』)
(短縮版)
【目次】
*注釈調査協力・校正・要約(英文翻訳)・装画:Google Gemini
《要約》本作は、30年前に頓挫した映画企画の再開を巡る物語である。読み易い文体とリアリティある描写で惹きつける一方、結末には疑問が残る。原典であるナボコフの『ロリータ』やポーの詩の構図に照らせば、ヒロインのサクラは「死の刻印を押された存在」であるべきだが、作中では生命力に満ちており、結末の展開には予定調和的な不満も否めない。また文庫化での素っ気ない改題や、欲望の描写が伝聞にとどまる点にも隔靴痛痒の感が残る。しかし、ミヒャエル・コールハースの映画化企画を一揆の物語へと換骨駄胎していくプロセスは秀逸である。権力に立ち向かう庶民や「メイスケ母」の生命力に支えられた奇妙な多幸感があり、記憶を反復し深化させる展開が見られる。四国の一揆という主題を『万延元年のフットボール』以来繰り返し描き直してきたこの反復と変奏の過程にこそ、大江文学の真骨頂である「文学の運動」が表れている。
《Summary 》The novel revolves around the revival of a film project that
collapsed thirty years prior. While praising the accessible prose and evocative
realism, the reviewer expresses reservations about its resolution. In light of
its literary models—Nabokov’s Lolita and Poe’s poem—the heroine Sakura should
bear "the mark of death," yet she remains remarkably full of life,
making the ending feel somewhat predictable. The simplistic change of title for
the paperback edition also leaves a sense of missed artistic potential. However, the process of adapting a Michael Kohlhaas film project
into a story of a peasant uprising is brilliantly executed. Through the
enduring spirit of the ordinary people and "Meisuke's mother"
resisting authority, the story radiates a peculiar sense of euphoria. This
subtle process of revisiting and deepening memory connects directly to Oe’s
lifelong motif of local rebellion, seen from The Silent Cry onward. In this
ongoing cycle of repetition and variation lies the true essence of Oe's
"literary movement."
『臈たしアナベル・リイ 総毛立ちつ身まかりつ』
- 著者: 大江健三郎
- 出版社: 新潮社
- 初出: 『新潮』2007年6月号~10月号(短期集中連載)
- 刊行日: 2007年11月20日
- 形態/判型: 四六判・ハードカバー
/ 224頁
- ISBN: 978-4-10-303619-7
- 装画: 山本じん
文庫化に伴い、タイトルが変更されています。
- 書名: 『美しいアナベル・リイ』
- レイベル: 新潮文庫
- 刊行日: 2010年10月28日
- ISBN: 978-4-10-104035-6
補足・タイトルについて
単行本タイトルの「臈たし〜」は、エドガー・アラン・ポーの詩「アナベル・リー(Annabel Lee)」の日夏耿之介による文語訳(“臈たしアナベル・リイ 総毛立ちつ身まかりつ”)から採られています。作家生活50周年記念作品として発表されました。
《読書メモ》
・2026年7月21日読了
・採点:★★★☆☆
1 映画を巡る物語
大江健三郎の長篇小説『臈たしアナベル・リイ 総毛立ちつ身まかりつ』(文庫化に伴い『美しいアナベル・リイ』に改題)は、30年前に頓挫した映画製作の再開を巡る物語である。無論、現実の事実としてそのような映画計画が存在したわけではなく、モデルとなった事件や題材、人物も作家自身の想像力によって構想されたものであろう。しかし、ストーリーの展開や登場人物たちの際立った個性、あるいはそこに描かれる独特の雰囲気が、読者の心を強く惹きつける。
本作の文体は、従来の大江の小説の文体に比べれば格段に読み易い。ストーリーが絶え間なく進んでいくというのもあるが、それだけでなく、絵に描いた餅ではなく、或る種独特の空気感や臨場感、雰囲気を伝えるリアリティが小説全体を支えている。たとえば、30年前に大江自身が詩人の金芝河を救済するために行っていたハンガー・ストライキのシーンがあるが、そのテント内のジメッとした空気が鮮やかに蘇ってくるかのように描写されている。そこに限らず、着実に描写を重ねていく技量はさすがと言わざるを得ない。
また、東京大学の同級生であり世界的な映画プロデューサーとされる木守有という人物や、往年の国際「女優」で幼少期に庇護者からの性被害を受けたと見られるサクラ・オギ・マガーシャックという女性の造形など。あるいは孤立した小説執筆ではなく「チームプレイである映画製作」の一環としてのシナリオ執筆における駆け引きの描写など、いくつかの点で本作を他の大江作品とは一線を画すものにしている。
2 疑問の残る結末
しかし、その結末や物語の着地点に対してはいささか疑問が残るものだ。
そもそも30年前の映画計画を、規模を格段に縮小して再開するにせよ、いかにも「予定調和的」な結末に向かう展開には、「そんなに上手くいくものだろうか?」「果たしてこの終わり方でよかったのか?」という思いを拭えない。
プロデューサーの木守はサクラと関係を持ったが故にその生涯に責任を負うことになるが、活力旺盛で映画製作の再開を縦横無尽に準備するサクラとは対照的に、彼は癌に冒され死の床に就く。映画は、興行的な成否は分からぬものの、恐らくサクラの思い通りに製作されるであろうという予兆のなかで終わっていく。
本作の大きな元ネタがウラジーミル・ナボコフの『ロリータ』*[1]であることは言うまでもない。作中では木守が『ロリータ』の語り手であるハンバート・ハンバートの役割を担い、老境に至ったサクラがロリータの役割を負ったと捉えることができる。であれば、木守がサクラに精力を吸い取られるようにして(彼らの言葉を信じるなら関係は一度きりだったと言うが)死に至るのも理解できなくはない。
ただ、30年前の回想(大江自身も作中で触れている*[2]が、回想の時制を現在で挟み込む形式は大江がこれまで書いてこなかった手法である)の終わりの段階で、すでに悲劇的な末路の予兆が示されていたようにも読める。本来であれば、サクラは正気を失い心身ともに病状を呈するようになり、30年後に木守が大江の下に現れたときには、彼女はすでに「死の床」(あるいは比喩的な死の床)に就いていると想像されるのが、原典の構造からは自然であった。
3 題名の背景
ここで本作の題名「臈たしアナベル・リイ 総毛立ちつ身まかりつ」の背景を整理しておきたい。
1. 詩の原典:エドガー・アラン・ポー『アナベル・リー』
タイトルの「アナベル・リイ」は、ポーが1849年に発表した有名な最後の詩『アナベル・リー』(Annabel Lee)に由来する。幼い二人の純粋すぎる愛を羨んだ天使が冷たい風を吹き送り、少女アナベル・リーを病に倒して死なせてしまうという悲歌である。
2. 訳文の原典:日夏耿之介の訳詩
「﨟たし(美しく品格がある)」「総毛立ちつ(鳥肌が立ち)」「身まかりつ(死んでしまった)」という重厚な文語調表現は、日夏耿之介による『アナベル・リイ』の日本語訳から来ている。
3. 『ロリータ』における位置づけ
ナボコフの『ロリータ』に登場するアナベル・リー(Annabel Leigh)は、ポーの詩を直接的・意図的に参照した存在であり、主人公ハンバートにとってチフスで早世した「初恋の原体験」として描かれる。ナボコフは、ポーの純粋な愛の悲歌という詩的ロマンティシズムを、ハンバートの狂気的な執着(ニンフェット*[3]への欲望)と対比させる仕掛けとして用いている。
このように原典の構造を紐解くならば、サクラは「死んでいるか、あるいは死の刻印を押された存在」として置かれるべきではないか。しかし、わたしの読解が間違っていなければ、作中の彼女は死ぬどころかピンピンと健康に満ち満ちているのだ。これは一体どういうことなのだろうか。
4 いくつかの不満
後年、文庫化される際に『美しいアナベル・リイ』と改題されたことについても首を傾げざるを得ない。原題が一般読者に伝わりづらいという配慮なのかもしれず、あるいは実際には死んでいないサクラの実態を反映したものとも解釈できるが、それにしても何の捻りも文学的創意も見られない素っ気なさであり、言い過ぎかもしれないが、もう少し工夫があってもよかったのではないか、という不満が残る。
更に不満を言えば、ロリータに振り回される役目を大江自身ではなく木守に譲ってしまっている点にも、どこか「隔靴痛痒」の感が否めない。取り憑かれたような欲望や劣情が「伝聞」として語られるため、いささか第三者的な冷めた視点にとどまってしまっているのだ。いや、むしろ、単純に読めば、サクラの情熱的な言動はロリータというよりも、あるいはスカーレット・オハラを想起させる程に意識的であり、情熱的でもある。
このように作品の根幹に関わる部分でわたし個人としては「こけてしまった」感覚があるため、この小説をどう評価すべきなのか正直判断に迷うところがある。
5 深められる叛乱の物語、あるいは「文学の運動」
しかしその一方で、作中で描かれる映画——―いわゆる「ミヒャエル・コールハース映画」を巡るくだりは非常に魅力的であった。
ドイツの作家クライスト生誕200周年を記念し、彼の代表作『ミヒャエル・コールハースの運命』を世界各国でそれぞれ映画化するという設定は、「果たしてクライストはそれほど世界的に有名な作家なのか?」という驚き(ほんまかいなという唐突さ)を伴う。結果的にこの映画製作は頓挫するのだが、絶対的な権力に対して庶民たちが叛旗を翻すというテーマを、サクラが例の「四国の山奥の一揆」の話として換骨奪胎していくプロセスは読み応えがあった。
そこには「ああ、またその話ですか。何回その話をすれば気が済むのですか」という冷ややかな見方もあり得るだろう。しかし個人的には、その記憶を読み深めていく下りが実に面白かったのである。言ってみれば、夢のなかで見た無秩序な、あるいは不鮮明な記憶を何度も思い出すこと、そのストーリーと主題が少しずつ明らかになっていくのに似ている。
そう考えると、前作『さようなら、私の本よ!』*[4]の末尾で、小説の執筆を断念した作家が四国の森の旧居に籠もり、世界の終焉の「徴候」を書き出していくという、ある種の絶望(そこに痛切な「祈り」を見る視点も成り立ちうるが)を描いていたのとは、全く位相を異にしていることが分かる。
これをして、「安易に女性の生命力に寄りかかっている」と批判することは容易だし、その批判も十二分に成り立ち得る。しかしその種の議論を一旦、横に措くとして、本作の結末部が持つ奇妙な「ハッピーエンド感」と言ってしまうと軽薄だが「多幸感」とでもいうのか、それは、時の権力から悪辣な弾圧を受けても何度でも立ち上がる庶民の力、とりわけそれを率いた「メイスケ母」なる一揆の首謀者の、執念にも似た意志力、それとともに尋常ならざる生命力によって支えられているのだと気づかされる。
大江が江戸末期から明治初年にかけて起こった自村の一揆を主題にした作品は無論これが初めてではない。1967年の『万延元年のフットボール』*[5]に始まり、『同時代ゲーム』*[6]、『懐かしい年への手紙』*[7]、『二百年の子供』*[8]、そして本作『臈たしアナベル・リイ』へと脈々と引き継がれている。この一連の反復と変奏の過程にこそ、大江健三郎という作家の、まさに「文学の運動」が存在していると言えるのかもしれない。
以上、いくつかの疑問と評価点を整理したが、一旦、関係資料を参照したうえで、この文章については改めて再考を深めたいと思う。
【主要参考文献】
クライスト フォン ハインリヒ . (1941年). 『ミヒャエル・コールハースの運命――或る古記録より』. (吉田次郎, 訳) 岩波文庫.
ナボコフ ウラジーミル. (1955年/2005年). 『ロリータ』. (若島正, 訳) 原著/新潮文庫.
加藤典洋. (2004年). 『テクストを遠く離れて』. 講談社.
加藤典洋. (2004年/2023年). 『小説の未来』. 朝日新聞社/講談社文芸文庫.
大江健三郎. (1955年/2006年). 「解説――野心的で勤勉な小説家志望の若者に」. 著: ナボコフ ウラジーミル, 『ロリータ』 (若島正, 訳). 原著/新潮文庫.
大江健三郎. (1967年). 『万延元年のフットボール』. 講談社.
大江健三郎. (1979年). 『同時代ゲーム』. 新潮社.
大江健三郎. (1987年). 『懐かしい年への手紙』. 講談社.
大江健三郎. (2000年). 『取り替え子(チェンジリング)』. 講談社.
大江健三郎. (2002年). 『憂い顔の童子』. 講談社.
大江健三郎. (2003年). 『二百年の子供』. 中央公論新社.
大江健三郎. (2005年). 『さようなら、私の本よ!』. 講談社.
大江健三郎. (2007年). 「詩集『形見の歌』より二篇」. 『新潮』2007年1月号.
大江健三郎. (2007年/2010年). 『臈たしアナベル・リイ 総毛立ちつ身まかりつ』/文庫化の際に『美しいアナベル・リイ』へ改題. 新潮社/新潮文庫.
🐦
2026年7月26日 20時5分
5737字(400字詰め原稿用紙14枚)




0 件のコメント:
コメントを投稿