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2020年9月1日火曜日

プロデューサー榊原信行一人に焦点を当てるべき 金子達仁『プライド』

 

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プロデューサー榊原信行一人に焦点を当てるべき

 

金子達仁『プライド』

 


 

■金子達仁『プライド』20171215日・幻冬舎。

■長篇ノンフィクション(格闘技・プロレス)

2020年8月31日読了。

■採点 ★★★☆☆。

 

 

 とても面白かった。

 ただ少し詰め込み過ぎで散漫な印象を与える。おそらく当初の予定通り、プロデューサー榊原信行一人に焦点を当てて、(あるいは裏方、つまり髙田やヒクソンは置いて、むしろ徹底的に裏方から見た)PRIDE」という、ほぼ前代未聞の格闘技イベントの盛衰をこそ描くべきだったのだ。その意味では、余計なことを書きすぎなのだ。とりわけ隔靴搔痒の感を与えるのが、石井和義が途中で降りて、プライドが頓挫しかけたときに、如何にして榊原はそれを立て直して、実現まで持っていったのかが、時系列が章を跨いでいるためもあり、いま一つとらえきれない嫌いがある。

 また、いわゆる「八百長」問題や、RIDE崩壊の原因ともなった暴力団との関係の問題、それを言うなら、正道会館館長の石井和義の問題も考えねばならぬが、恐らく現時点では書くのは困難であろうか。

 そのような意味でもぜひ続篇、というよりも完全増補版の刊行が待たれる。

 

   類書に、近藤隆夫による『プロレスが死んだ日。――ヒクソン・グレイシーVS高田延彦――20年目の真実 』(2017年・集英社)がある。こちらはヒクソンサイドに立って、プロレスを批判している。

 

 個人的な意見だが、髙田は負けはしたが、RIDEなくして、現今の総合格闘技という存在すらなかったことを考えると、その功績は相当大きいと考えている。

 筆者は本文末尾に猪木・アリ戦との符合について書いているが、むしろ、この髙田vs.ヒクソン戦の源流には、立場の違いこそあれ、木村政彦の力道山戦の「敗北」があると、わたしには思えるのだ。

 これについては、本ブログの「「木村政彦は本当に力道山に負けたのか」――増田俊也『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』」を参照して欲しい。

 

 ついでに書いておく。

 これは単なる推論、というよりも臆断ではあるが、そもそもRIDEの崩壊やK-1の衰退に繋がった石井館長の逮捕劇を裏で操った人物は誰か、という問題がある。無論、「反社会的勢力」と繋がることは社会的「悪」であることは論を俟たないが、それで得をした人物はだれなのか、ということである。

 それはとても嫉妬深い人物でプロレス界の超大物である。彼にとってはPRIDEK-1も「友軍」というべきか「同盟軍」のはずだったが、ここに「力道山」の遺伝子なのか、死霊なのかが、彼にとりついたのか、その筋に手を回したのではないか。

 結果的には格闘技界は共倒れとなり、彼一人の漁夫の利とはならなかったが、無傷のままでいるのは誰なのか、ということである。




  

🐤

2020/09/01 0:38

2020年8月28日金曜日

UWFとは佐山聡のことなのか? 柳澤 健『1984年のUWF』

 

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UWFとは佐山聡のことなのか?

柳澤 健たけし1984年のUWF



■柳澤 健『1984年のUWF2017年・文藝春秋。

■長篇ノンフィクション(格闘技・プロレス)

20208月ごろ読了。

■採点 ★★★☆☆。

 

 UWFと言えば、前田日明あきらのことであって、前田日明と言えばUWFである。

 しかし、本書の表紙には初代タイガーマスク、いや、彼自身対総合格闘技戦用に開発したオウプン・フィンガー・グラヴを装着しているからスーパー・タイガーだろうが、佐山聡さとるが描かれている。ここに本書の主題が明示されている。

 プロレスと言えば「八百長」とされていたプロレスを本当の意味での真剣勝負の場にしようとしたのは他の誰でもない。佐山聡その人なのである。

 だが、残念ながら、佐山の思想に時代と周囲の人々が追いついていかなかった。

 佐山はその後、UWFを離脱し、総合格闘技の草分けシューティング(現在・修斗)を創設し、その後、自身の考案した武道「掣圏道」(掣圏真陰流)にまで行きつく。

 UWFは名前こそ変える*が、その本流が90年代から00年代にかけての一大格闘技ブームを形成したことは論を俟たない。例えばヒクソン・グレイシー戦に敗北した髙田延彦を「永久戦犯」と批判するものもいるが、ヒクソン戦実現のために用意された「PRIDE」という興業の場がなければ、そもそもその後の総合格闘技の発展はなかったのである。

 

*UWF、リングス、UWFインターナショナル、藤原組、パンクラスなど。

 

 問題はその総合格闘技の隆盛の渦中には佐山の姿はなかった、ということである。

 この問題については、より佐山のサイドに絞った形での追究が必要である。これについては田崎健太『真説・佐山サトル タイガーマスクと呼ばれた男  (2018年・集英社インターナショナル)を参照したい。

 

 恐らく、400ページに及ぶ本書をもってしても、UWFの全貌は摑めないだろう。

 数多くのUWF関連書を参照するしかない。

 以上のように考えてくるとやはりこれは佐山に寄り過ぎている。シューター中井祐樹に始まり、中井祐樹で終わるのもそうだ。付録として「1981年のタイガーマスク」が収録されているのもそうである。就中、表紙が問題である。中表紙の複数の選手が入り乱れている群像こそがUWFには相応しい。

 

 個人的な感想を付け加えれば、そんなにUWFの経営は大変だったのか、という驚きと、それをなんとかしようとした何人かの裏方の苦労が思いやられた。

 

🐦

2020/08/28 13:20


2020年8月27日木曜日

「木村政彦は本当に力道山に負けたのか」 増田俊也『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』

 

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「木村政彦は本当に力道山に負けたのか」

 

増田俊也『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』


 

■増田俊也『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』2011年9月30日・新潮社。

■長篇ノンフィクション(格闘技・柔道・プロレス・日本近現代史)

2020年8月26日読了。

■採点 ★★★☆☆。

 

🖊 ここがポイント!

① 木村政彦は力道山との試合で不本意な約束違反にあい、敗北した。

② 仮にそうだとしても木村が本当にやりたかった総合格闘技の隆盛が木村の真の意味での勝利を証明している。

③ その意味で力道山戦の勝敗にこだわることは木村の格闘家としての実像を矮小化する。題号は『木村政彦正伝』とすべきであった。

 

 

 準備期間14年、雑誌連載4年*、単行本で700ページに垂んとする力作である。

*GONG格闘技』2008年1月号から2011年7月号・アプリスタイル。

 

 かつて、「昭和の巌流島」決戦とも呼ばれた、柔道全日本選手権13年連覇、15年間無敗の天才柔道家・木村政彦と、その後の日本のプロレスの礎を築くプロレスラー・力道山が世紀の一戦を交え、あっけなく力道山の勝利に終わった。戦後の混乱も明けやらぬ1954(昭和29)1222日、蔵前国技館でのことである。

 要は単純で、今日の総合格闘技の源流とも云える、かのエリオ・グレイシーをも敵地ブラジルで破った*稀代の柔道家・木村政彦が、なぜ、「たかが」プロレスラーの力道山に敗れたのか、いや敗れたはずはない、真剣勝負でやったら木村の勝利だったのだ、この一点を証明するために本書は書かれている。

 

*木村政彦vs.エリオ・グレイシー・19511023日・於ブラジル・リオデジャネイロ・マラカナンスタジアム。

 

 しかし、詳細なる論証の果ての結論は全く逆で、柔道側からいかに好意的に見ても木村の敗北だったとするものだ*

 

*「木村政彦は、あの日、負けたのだ。」(本書p.582下段)

 

 確かに力道山はブック破り*をしたが、相当な決意と準備を以てこの試合にあたっている。それに対して、木村は単なるプロレスの試合と考え、全く練習も、それ相応の構えも持たずにリングに上がっている。

 

*プロレスは事前に勝敗などを決めた台本(これをブックと呼ぶ)があり、それに則って行われている。これを意図的に破ることを「ブック破り」という。

 

 非力な力道山の真剣さが、本来の力では、力道山よりも上回っていたにも関わらず、勝負として捉えていなかった木村を上回ったのであろう。

 これは増田の立場からすると、この結論を下すことは、かなりの苦渋の決断だったと思われる。

 

 さて、そこで思うのは、本書の題名である。『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』。それは論点が違うのではなかろうか?   それを言うなら「木村政彦はなぜ力道山に負けたのか」あるいは「木村政彦は本当に力道山に負けたのか」に尽きると思う。

 

 要はスタンスの問題である。

 必死に自らの足場を守ろうとする力道山と、食うためとは言え、単なる金儲けで気楽にやっていた木村のスタンスの違いであろう。

 別にこれはどちらかが善で一方が悪という訳でもなく、この試合を以て格闘技的な勝敗が決せられるわけでもない。

 

 話が飛ぶかも知れぬが、丁度逆の図式が小川直也vs.橋本真也戦である*。恐らく事前に台本ありの「プロレス」で行こうとされていたものを、小川の師匠、というかプロデューサーであるアントニオ猪木がガチンコのセメントマッチを指示してあのような結末になったと思われる。

 

*小川直也vs.橋本真也戦は1997年から2000年にかけて都合5回行われて4勝1敗で小川の勝ち越し。

 

 部外者が軽々に言うことではないが、恐らく小川には柔道の大先輩・木村のプロレスに対する雪辱を果たすなどという気持ちはこれっぽっちもなかったと思うが、結果的にはそうなってしまった。

 これ以降、ヒクソン・グレイシーvs高田延彦戦*などを始めとして、結局、真剣勝負でやったらプロレスラーは決して強くない、むしろ話にならないぐらい弱いという事実をまざまざと見せつけられる。しかし、それは当然の話だ。やっていることの次元がそもそも違うのだから。

 

*PRIDE1・19971011日・東京ドーム。

 

 これと並行して複数の格闘技系のプロレス団体(UWFなど)や、文字通り、真剣勝負の総合格闘技(PRIDEなど)が一時的ながら隆盛を極めたのも、要は真剣勝負でやったら誰が強いのかを、皆が見たいと思っていることの証左に他ならない。

 

 確かに、木村は「プロレス」という枠内では「負けた」かもしれない。いや、厳密に言えばプロレスには、一般的な意味での勝敗など存在しない。だから、その意味では、長い人生の、ある瞬間に、木村は力道山の「ある何か」に負けたことは確かである。

 だが、現今の総合格闘技の隆盛とその社会的認知こそが木村政彦の、真の意味での「勝利」と言わずしてなんと言おうか。

 就中、かのグレイシー一族にとって「特別な存在」と言わしめた*ことこそ、もはや、力道山云々ということより何十倍も重要なことではないのか?

 

*アメリカ・デンバーで行われた第1回UFCで優勝したホイス・グレイシーは次のように発言した。「われわれグレイシー一族にとってマサヒコ・キムラは特別な存在です」と。(本書p.684からの援引)

 

 

 したがって、増田は、自身が「あとがき」で述べているように、この渾身のルポルタージュの終章を書きあぐねているが、これには異論がある。

 一つは、木村が「敗戦」後、長く生き延びたが、それは妻がいたからこそ生き抜いた価値はあったと述べている*がそうだろうか。そこにポイントがあるのか?

 

*本書p.688。「あとがき」にも同様の趣旨の発言がある(p.696)

 

 もう一つは構成上の問題ではあるが、木村の後継者である岩釣兼生のプロレスの参戦話で始め、岩釣本人が「書くな」*と釘を刺した、岩釣の地下格闘技参戦とその勝利の件で、本書を閉じているが、これもまた木村の存在を矮小化することにならないか。

 

*本書p.688下段。

 

 ルポルタージュというのは、執筆者本人の作品である以上に、事実に竿を刺すべきものであるべきなのだから、連載時の混乱を残すことに意味はないだろう。

 

 個人的な関心で言うと、台本通りに勝敗を分け続ければ、木村とも共存共栄ができたはずなのに、あえてブック破りに及んで、木村を叩き潰した力道山の、ある意味での「プロ格闘家」としての地力の強さ、いや、手段を択ばず、何がなんでも生き残ることだけを考えていた力道山の、人間としての、あるいは言葉はよくないが「生物としてのサバイバル力」の強さに驚嘆する。詳細な力道山の評伝が待たれる。

 そして、この試合以降、木村と袂を分かつことになる稀代の空手家・後の極真会館館長・大山倍達の存在だ。大山については小島一志・塚本佳子『大山倍達正伝』(2006年・新潮社)がある。これを参照しよう。

 

 さらに、本書ではほとんど言及がないアントニオ猪木、及び、その弟子でありつつ微妙な距離を取りつつ、自らの総合格闘技の道を究めようとした上で、謎のプロレス復帰を遂げ、今や病床に臥せっている、初代タイガーマスクこと佐山聡の問題をも考えねばならない。

 

 本書には姉妹篇とも言うべき、同著者による『木村政彦外伝』(2018年・イーストプレス)がある。是非手に取ってみたい。

 

 以上、述べてきたように本書は『木村政彦正伝』とすべきだろう。内容的にもその題号に十分耐えられるはずだ。

 

 

🐤

2020/08/27 17:16

2018年7月16日月曜日

マサ斎藤の死を悼む

マサ斎藤の死を悼む 


プロレスラー・マサ斎藤選手がお亡くなりになりました。 

ここに慎んで哀悼の意を表します。 

安らかにおやすみ下さい。 


2018年7月16日 

🐦 
鳥の事務所 

2018年7月9日月曜日

食べ過ぎたのはあなたのせいよ

食べ過ぎたのはあなたのせいよ 

2018年7月8日(日曜日)晴れ   暑い 


 400戦無敗の男と言われるヒクソン・グレイシーのエントランスのテーマソングの曲名が長らく分からなかったが(というよりもわたしがしらなかっただけだが)、映画『モヒカン族の最後』の挿入曲「戦いの砦」(fort battle)であることがやっと分かった。





 この選曲は意図されたものかどうかは不明だが、相当な皮肉、というかアイロニーと言うべきなのか。本家の日本ですら絶滅した柔術を、日本人ならぬブラジル人達が密かに守り伝えてきた「jiujyutsu」。「モヒカン族の最後」を見ても読んでもないのでなんとも言えぬが、ヒクソン・グレイシーのあの揺るぎない姿勢こそが、最後の柔術家の威容を示していた気がする。 





 というわけで朝9時からCF 。珍しく寝坊して5分前に着く。 
 せっかく弁当作ったのに鞄に入れられなかった。水筒も。 
 ST(16FT)のHS。1.5h。結構楽しい。 
 ST があったが終わらないと思ったので、迷った挙げ句テイクアウト。 

 HMに移動。 IPでカツカレー。カツが今一歩だが430円なので文句いわない!    カレーは美味しい。 
 あとで空腹になるといけないので、お握りでも買っとくかと思って、MWの地下に降りる。ところがお握りが見当たらず、弁当が280円ぐらいからある。尋常ならざる低価格だ。驚きのあまり思わずチキン南蛮弁当を購入。 
 KSに着くと矢張り空腹なので食う。味はまーまー。多分こころが病んでるに違いない。 

 12:30から15。15:00から16。いずれも楽しい。こうあるべきだというのが、うまくそうなっているからそう思うのかな。 
その後ST 。HM の分。途中で意識を失う。 
MYで牛飯。味が薄い。  

  CFの分のST。終了。NRまでする。これはCFのUKさんが若くてBJなのでご機嫌取りのためだろう、と思うと153メートル地下に落下した気になる。なんて俺は嫌な奴なんだろう。 

 気づくと10時だったので、意味不明と思いながら、帰宅。 


 自宅に置き去りにされたチキンステーキ弁当をいま食う。 


 なんか食ってばかりだな。変だな。普通は一日2食でそれも少食なのに。これはきっとあの大食いの❎❎に憑依かれたに違いない。 


 嫌な(不愉快な)ことばかり続くが、きっとこれは自分自身も他人からはそう思われているからだろう。口の聞き方に注意する。失礼なことを言わない、突然指示しない。怒った顔をしない。声を荒らげない。 


 ……無理だ。 


俺を含めて君たちは自分勝手過ぎる!!!!     勝手にしろ! 


ツーカ、明日もSGなんだけど。 


🐣 
20180709 00:12