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2023年6月25日日曜日

原作漫画とは一味も二味も違う佳品 荒木飛呂彦『岸辺露伴ルーヴルへ行く』 渡辺一貴監督『岸辺露伴ルーヴルへ行く』 『VISUAL BOOK 岸辺露伴ルーヴルへ行く』

 

荒木飛呂彦を読む/観る

原作漫画とは一味も二味も違う佳品

荒木飛呂彦『岸辺露伴ルーヴルへ行く』



渡辺一貴監督『岸辺露伴ルーヴルへ行く



VISUAL BOOK 岸辺露伴ルーヴルへ行く』



 



■荒木飛呂彦『岸辺露伴ルーヴルへ行く』2011年5月31日・UJ愛蔵版(集英社)。

■中篇漫画。

■全1話、フルカラー、本文123ページ。

2,667円(税抜き)。

2023年6月18日読了。

■採点 ★★★☆☆。

 

■渡辺一貴監督『岸辺露伴ルーヴルへ行く』

■監督  渡辺一貴

■脚本  小林靖子

■原作  荒木飛呂彦

■製作  土橋圭介・井手陽子・ハンサングン

■製作総指揮 豊島雅郎

■出演者     高橋一生・飯豊まりえ・長尾謙杜・安藤政信・美波・池田良・前原滉・中村まこと・増田朋弥・白石加代子・木村文乃

■音楽  菊地成孔 / 新音楽制作工房

■撮影  山本周平・田島茂

■編集  鈴木翔

■制作会社   アスミック・エース、NHKエンタープライズ、P.I.C.S.

■製作会社   「岸辺露伴 ルーヴルへ行く」製作委員会

■配給  アスミック・エース

■公開  2023526

■製作国     日本

■言語  日本語

■上映時間 118

2,000円(税抜き)

■観覧劇場 東宝シネマズ小田原。

■観覧 2023年6月18日。

■採点 ★★★☆☆。

 

■『VISUAL BOOK 岸辺露伴ルーヴルへ行く』。

■写真集。

159ページ。

3,200円(税抜き)。

2023年6月18日読了。

■採点 ★★★☆☆。

 

 

『岸辺露伴ルーヴルへ行く』という題名からすると、あの露伴がルーヴルに隠された謎を解明しようとする、という話かと思いきや、謎そのものはルーヴル美術館とは直接的な関係はなかった。いささか肩透かしを食らった感じだ。謎の大本は、ありがちな展開ではあるが、露伴自身の過去、露伴自身の血縁、露伴自身の先祖と関りがあるもの。その意味では極めて日本的な色合いが濃く出ている作品である。

 というのも、元はと言えば、この作品は、作者・荒木飛呂彦がルーヴル美術館のオファーによって描かれたものだったからだ[1]。フランスでは、日本で言うところの漫画を「バンド・デシネbande dessinée」というらしいが、それは、流石にフランスらしく、エンタテインメントとして、というよりも芸術として受容されている。したがって、フランス向け、と考えれば、どうしても、単にルーヴルの謎解きというよりも、日本人の描く、日本の漫画、というスタンスであれば、こうなるのも致し方がないことだ。

 是非、機会があれば、露伴には世界のあちこちに出向いてもらい、そこで遭遇する人々の謎と遭遇してもらいたい。

 ここでは映画版を中心に気になったことを書いておこう。

 わたしの考える(ということは作者や製作者の考えとは違うが)露伴の魅力とは必ずしも謎が解決することではなく、謎を謎として、ただ「視るもの」として報告する、というところにあると思っている。

岸辺露伴は、いわゆる名探偵ではない。単なる「観察者」なのだ。だからこそ「岸辺露伴は動かない」[2]のだ。例えば、その典型が「富豪村」であり、あるいは「ザ・ラン」がそれに当たる。若くして富豪になったものたちが人里離れた村に集住する。結局、何故、そうなのかは全く明らかにされない。「ザ・ラン」も同様だ。何故、中心人物・橋本陽馬は走ることに囚われるのか、結局その後、彼はどうなったのか、いわゆる物語の根幹となる部分は全く明らかにされない。狐に摘まれる、という表現があるが、まさにその通りである。これが短篇漫画、一時間弱のテレ-ヴィジョン・ドラマであれば、視聴者は、首を捻って終わり、ということも可であろうが、これが2時間にも及ぶ映画ともなると、それなりの結末、言うなれば解決篇がなければ、エンタテインメントとしては、一般の観客は納得しないだろう。

ということだからなのかは分からないが、本作の後半4分の1、日本に戻った露伴が自らのルーツに遭遇する江戸時代のパートは、わたし個人の考えでは不要だと思う。原作の漫画が、さらっと描いているように、謎を散りばめ、観客に想像させるように仕向けるのが、映画としては上策だったとは思うが、これは、あるいは已むを得なかったかも知れぬ。露伴の過去を膨らませる、というのは、そもそも原作者荒木飛呂彦の要望でもあったとのことだ[3]。むしろ、原作に加えて、古物商から美術品のオークション、更には贋作の密売のエピソードを加えて、上々の知的娯楽作品に仕上げた、脚本担当の小林靖子の類い稀なる手腕をこそ評価すべきなのかも知れない。

また、木村文乃演ずるところの奈々瀬の衣装が洋装なのも気になる。一貫して浴衣、着物でも異和感はなかったかとは思うが。それとも亡霊はいかようにも見るものの都合に合わせることができるのだろうか。そう考えると、亡霊である奈々瀬に、露伴がヘヴンズ・ドアを仕掛けられるのも、いささかご都合主義と言わねばならない。一方で、同様に亡霊である山村仁左右衛門にはヘヴンズ・ドアが掛けられなかった。違いはどこにあるのだろうか。

全く話が変わるが、担当編集者の泉君の衣装とキャラクターが、フランス篇らしく(?)、テレ-ヴィジョン版よりも大人しくなり、大人っぽくもなっていて、若干好感度が上がった。若干だが。ルーヴル美術館の館員エマの息子の水死のエピソードと、泉君のお父さんのエピソードと絡めて語られるシーンは不覚にも涙腺が緩んだ(´;ω;`)

このドラマの美点は、先に挙げた謎が謎のまま放置される、という点と、もう一つは、原作漫画のテイストとはいささか異なる場面の空気感のようなものの素晴らしさである。それは場面として捉えられる場所の問題でもあり、そこに存在する季節の問題でもあり、あるいは、露伴たちの衣装の問題でもある。本作でも場所が、ルーヴルだけによくその空気感が生かされている。眼と耳が快感を覚えるとでも言おうか。

そして、全体を、あるいは最後を飾るのが菊地(きくち)成孔(なるよし)率いる新音楽制作工房による音楽である。とりわけ、テレ‐ヴィジョン・ドラマから引き継ぐエンディング・テーマの「大空位時代」の何と素晴らしいこと。ちなみにそこで流れる女声のアリアがボーカロイドだと、今回初めて知った[4]

 是非、テレ‐ヴィジョン・ドラマ版も含めて続篇の映像化を期待する。

 

参照文献

『岸辺露伴ルーヴルへ行くVISUAL BOOK. (2023). 集英社.

荒木飛呂彦. (2011). 『岸辺露伴ルーヴルへ行く』. 集英社.

 

 

🐤

2,662字(7枚)

20230625 2222

 



*[1] [荒木, 2011年]

*[2] 元々のシリーズのタイトル。

*[3] [『岸辺露伴ルーヴルへ行くVISUAL BOOK』, 2023年]p.124

*[4] [『岸辺露伴ルーヴルへ行くVISUAL BOOK』, 2023年]p.149

2021年12月22日水曜日

尾形の「大義」は何処に行った? SP  野望篇/革命篇

 

尾形の「大義」は何処に行った?

 

SP  野望篇/革命篇







SP

野望篇/革命篇

SP: The Motion Picture

監督  波多野貴文

脚本  金城一紀

製作 

関口大輔

稲葉直人

中島久美子

古郡真也

製作総指揮

石原隆

和田行

島谷能成

加太孝明

出演者      

岡田准一

香川照之

真木よう子

松尾諭

神尾佑

山本圭

堤真一

音楽  菅野祐悟

主題歌       V6way of life

撮影  相馬大輔

編集  穂垣順之助

制作会社    FILM

製作会社    SP」プロジェクトチーム

配給  東宝

公開  野望篇:20101030

革命篇:2011312

上映時間    野望篇:98

革命篇:128

製作国       日本

言語  日本語

興行収入   

野望篇:36.3億円

革命篇:33.3億円

以上出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

Amazon Prime

■2021年12月21日視聴

■採点 ★★★★☆(限りなく満点に近い4点、4.8点ぐらいか?)

 

 今頃かよ? と思われるかもしれないが、今頃見て、とても面白かった。

 もともとの連続テレ‐ヴィジョン・ドラマはほぼ見ていたが(更に録画して何度も観た)、多忙と貧窮のため映画を見に行ったり、ネットで映画を視聴することができなかったが、今回、やっとのことで積年の宿題を果たすことができてとても良かった。

 本来は本作品の前史に当たる連続テレ‐ヴィジョン・ドラマを観直してから、本作品を視聴しようと思っていたが、どうも今は見られないようで(以前のハード・ディスクは死亡)已む無く諦めた次第である。

 単純なエンターテインメントの映画として観ると、前編「野望篇」がいささか物足りない感じであったが、後篇「革命篇」は圧倒的な展開と迫力で、正に一瞬も見逃せない作品であった。素晴らしい脚本、演出であった。

 「野望篇」がいうなれば、主人公・井上をターゲットにした襲撃事件の顛末が描かれるが、一つには尾形たちの「革命軍」が井上一人を狙うには、いささか大仰すぎる点(5? 段階構えで、結局仕留めることができなかった)、官邸まで官房長官を護衛するのに途中車が大破したとしても、歩くのは危険すぎる。一旦官房長官の自宅に戻って、車を呼ぶだろう。大体、あんな住宅街で、爆音がなって住民が誰一人出てこないのもおかしい。

そもそも尾形は井上をどうしたかったのか、後篇とつなげるとよく分からない。

 最初のテロ未遂事件の犯人を追ったシーンがニューズ番組にSPの追走劇? とかのテロップが出たが、まず日本のマス‐ジャーナリズムではあり得ない。完全に緘口令が敷かれるであろうし、あんなことをした井上は閑職に飛ばされるのが落ちだろう。

 また「野望篇」のみを観た人は尾形兄弟の関係性が今一つ理解できない。

 また、せっかくブラジリアン柔術の中井祐樹がテロリスト役で出演しているのだから、ナイフ等持たせずに柔術の技で井上達をひーひー言わせて欲しかった。

 と、まー、いろいろ突っ込みどころは沢山あるが、瑕瑾というべきであろう。

 後篇の問題点は、そもそも尾形がSPの主要なメンバーを仲間に引き入れていたにも関わらず、なぜ井上達を洗脳しなかったのか。確かに井上にはそれらしいことを言ってはいるが、自分の部下である他のメンバーたちはどうだったのか。石田たちの反応を見る限りでは全くの寝耳に水といった様子であった。

結果的にそれが時間切れで不可能だったとしても、なぜ、クーデター当日、警備要員として国会に入れたのか。尾形の内心としては、自分を止める人間として彼らを導きいれたとしても、尾形率いるところの革命軍の他のメンバーたちがなぜそれを認めたのか。結果的には尾形は裏切られるわけだから、なおさら理解に苦しむ。

 さて、問題は、結局この尾形が革命軍で孤立して、裏切られてしまうことの意味である。

要は尾形の悲願は自殺に追いやられた(殺された?)父の仇を討つ、そのことだけが、彼の原動力になってきた。極端に言えば、日本の政治(家)が腐敗しているとか、日本のシステムを変えるとか、といったいわゆる「革命」のモチーフは尾形にはないのだ。それに引き換え、彼を結果的に裏切った形になった、弟(弟とは思えない。兄かと思ってた)与党幹事長の伊達は、自分が総理大臣になるという下心はあるにせよ、同じ兄弟でも、単なる私怨で革命軍をバックアップした訳ではないだろう。

ましてや、革命軍を裏から操る若手官僚たちの言い分は分らなくもない。彼らの視野に国民の姿が映っているかどうかといえば、無論、大いに疑問ではあるが、日本という国を国家として正常に動かしていきたいという理念は一応理解できる。それが大多数の国民の為になっているはどうかは彼らにとっては全く別問題なのだとしても。しかし、尾形の一私怨を晴らさんとするのとは、やはり次元が違うだろう。恐らく、尾形は麻原総理が謝罪するか、さもなくば射殺すればそれで本望を遂げた形になるのだろう。

しかしながら、これはテレ‐ヴィジョン版の最終回で問題になった尾形の台詞「仕方がないだろ、大義の為だ」と違背しないだろうか。何を大義とするかの判断は一旦措くとして、個人的には、尾形には、ブレブレにブレたところよりも、狂気に迫るぐらいの大義とやらに殉じて欲しかった。

そして、また、若手官僚たちは恐らく、彼らによる傀儡化を避けようとした伊達の指示によって、爆殺される。今のところ、無傷なのは伊達だけではないか。

恐らく、これほど時が経ってしまったので本作の続編はあり得ないと思うが、ラストで収監された尾形が警察官によって「もうすぐです」とささやれる。密かに出所した尾形はどうするのであろうか。尾形の「大義」は何処に行くのか?

さて、そうなると一体、製作者たちは一体何が言いたかったのかということになってしまう。

 

それにしても、日本の国民は余りにも政治や社会体制に対して怒りを振り向けることをしない。今年のコロナ流行下でのオリンピック・パラリンピックの強行開催はもとより、そもそもコロナについてもまともな対策をしていたとは到底考えられない。そして誰も怒らない。恐るべく従順な国民である。なぜ、日本人は怒らないのであろうか?

原案に当たった金城一紀はもともと朝鮮籍で、その後韓国籍、そして日本に帰化したらしい。本作はもとより、テレ‐ヴィジョン・ドラマ三作目の『CRISIS』においても国家に対するテロ行為がテーマとなっているが、この日本のズブズブとした泥沼感というのは、金城のような立場の方がよく見えるということなのか。

無論、一人でも犠牲者を生むような暴力的、武力的なテロ行為は許されるものではない。しかし多くの日本人はこの種の、或る意味毒を持った映画を観ても、ああー楽しかったで終わってしまうのだろうか。

原案・脚本担当の金城一紀がテレ‐ヴィジョン・ドラマの現場を離れて久しい。現在彼は久しぶりの小説を鋭意執筆中とのことだが、何が彼をそうさせたのだろうか。

菅野祐悟のテーマ曲が素晴らしい。

公安の捜査官役の野間口徹がいい味を出していた。

 

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