夢で遇いましょう
支店でクライアントを招いて説明会を兼ねた日帰り旅行に行った。
業種がら顧客は、20代からせいぜい50台の子持ちの既婚の女性たちだ。消費者としてはここが大変重要な年代層だが、ご存じの方はお分かりだろうが、これがなかなか難しい。
バスだ。所謂観光バスに乗って(しかしながら、出入り口は乗り合いバスのようにバスの中腹部に存在した)、われわれは発車を待っているところだ。
わたしは前から3番目か、4番目の座席に最初から腰かけている。
受付のK**さんがいつもとは違って喪服のような黒いスーツを着て、しかしながら、いつもと同じように甲斐甲斐しく座席の案内をしている。
わたしは元支店長だ。ちょっと前に、いささか腑に落ちぬことがあり、退職した。非常に不愉快かつ、無念であった。怒りも覚えているが、それは恐らく会社には100万分の1も伝わっていないと思う。
しかし、なぜここにわたしがいるのか?
なおかつ、よく見知ったお客さんたちもわたしのことを見て見ぬふりで、話しかけてこようとはしない。むしろ、わたしと目を合わせることを恐れているようだ。
いや、そうではなく、全くと言っていいほどわたしの存在に気づいていないのかも知れない。
けれども、女性たちはわたしの周りをあたかも避けるかのように、後ろの方、後ろの方へと座りたがる。まるでわたしが蜜蜂の巣か白蟻の巣ででもあるかのように。
込み合ってきたので前の方に誘導されてきても、いや、わたしはあっちのほうで、とか言って、前を避けようとする。
いささか憮然とするが、しかしながら、皆さんの気持ちはそういうことなんだな、と一人納得する。残念だがこれが現実というものだ。
丁度そのころ、長期的な不景気に加えて新型病原体の伝染病の蔓延により、中小のテナントが経営難に陥っていた。
まったく客来ないですよ、と或るテナントの店長(ペット・ショップだ)はわたしに嘆いた、あるいは嘆いて見せた。そりゃそうだよなと思ったが、わたしは何も言わなかった。
スーパー・シュンペイ溝の旗店の3階にあったアミューズメント・エリア、とか言っているが、要するにゲイム・センターなどのエリアなどだが、そこが撤退するとのことで経営権をシュンペイ本社が買い取るのだという説明を聞いていた。で、どうなるかというと、何もない、ただの空間が広がることになる、という説明である。
図が示されて、ここがこうなります、と言われても、要は3階全部が何もなくなるだけだ。どういうことなんだ。
そこに店長が恭しく近づいて来てこう言うのであった。
お客様、そろそろお時間が……。
はたと、周りを見渡してみるとわたしが座っている座席を除いて他の座席が後ろの方に全部片付けられて固めてある。そして、あちらこちらに、スーパーというよりも百貨店の店員のようなお仕着せを着た小若い女性社員たちが手持無沙汰に立ち淀んでおしゃべりをしているが、わたしには全く何も聞こえない。彼女たちは本社からわざわざ手伝いに来させられているのだ。ご苦労なことだ。
辺りはゲイム機やベンディング・マシーンなどが全て取り払われて、何もなく広々とした中に煌々と黄色い灯りが無駄に照らされて、ペラペラの床が安っぽく光っている。
座 席
夢で遇いましょう
1,393字(四百字詰め原稿用紙4枚)🐥
2021/04/23 19:47
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