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2017年4月3日月曜日

タクシー

タクシー 



 僕の寮には門限がある。一応日付が越えたら閉まる、というルールなのだが、活動家が多かったためか、八王子駅着の終電に乗れれば、まーオーケーという暗黙の了解になっている。したがって夜中の1時半ぐらいが限界で、朝帰りのレベルになると呼び出し、始末書提出になり、これが続くと強制退寮になってしまう。とてもお世辞にも美しいとは言い難い、まあ、有り体に言えばごみ溜めのような寮で、12人部屋というプライバシーも何もないところだったが、とにかく安かったし、雑居房のようなその部屋もそれなりに気に入っていたのだ。 
 したがって我々はそこそこ急いでいた。 
 タクシーに乗り込むとちょっと急いでいる旨伝えると、それまでジャズを流していたラジオのスイッチを切り、口髭を蓄えた中年のタクシーの運転手は「合点だ!」と言い、高速で車を発進させた。暗い山道を猛スピードで登っていく。これはちょっとどうなんだろう、というぐらいのスピードである。道というよりも公園の中じゃないかと思うと、噴水のある池を横を通り過ぎて行ったからやはり公園の中だ。 
 ガラス張りの建物が向うに目にされたかと思うと、ドーベルマンのような金持ちが飼っていそうな大型の番犬が数匹放し飼いになっていて吠えてくる。これは大邸宅の敷地を勝手に突っ切って いるようだ。 
 かと思うとそのタクシーの運転手は「とまりましょうか?」と言う。どういうことか分からず、「え?」と云うと、要するに、このままだと2・3時間かかってしまう。だからこの山の中で一泊しないか、ということらしい。つまり「泊まりましょうか? 」ということだ。こんなに無茶な飛ばし方をして、それで2・3時間もかかってしまうというのがそもそも意味が分からない。騙されているのではないかと思って暫く黙っていると、他のタクシーはどうですか、こんなことしてくれませんよ、車体が傷だらけになってしまいますからね、と云う。 つまり、この運転手は自画自賛しているのだ。なるほど、そういう考え方か。我々が二の句が継げず沈黙を守っていると、さっき云ったことはあたかも最初からなかったかのように、やはり森の中を猛スピードで突っ走っていく。 
 とある会社の駐車場のような広場に急ブレーキでスピンしながら入って行く。そのまま近代的なオフィスビルの中にスライドしながら侵入していく。するとそれは自動車用の巨大なエレベーターになっていて車ごとぐんぐん登っていく。 
 エレベーターの壁面はガラス張りになっていて、巨大な梯子のようにも見える黒い鉄骨の翳の背後から外の光が漏れ入ってくる。 
  まるで線路のようだな、と思っていると、いつの間にか、僕はぽかぽかとした春の午後、郊外を走る電車の線路の真下にそれと平行して流れる水路を一艘のボートの中に一人ごろりと寝転んで、線路から漏れ来る春の光を呆然と眺めているのだ。つまり線路は鉄路と枕木のみが延々と延びていることになる。  

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