もっと長くても良かった
亀山郁夫『ドストエフスキー――謎とちから』
■亀山郁夫『ドストエフスキー――謎とちから』2007年11月20日・文春新書。
■2021年9月4日・BOOKOFF町田店・ ¥110にて購入。
■長篇評論・入門書。
■2021年12月6日読了。
■採点 ★★★☆☆。
著者が前任校・東京外大での一般向け講義を、新書向けに再度語り直したもの。そのせいか、この段階で言いたいことは全て言う、ということになってしまったのか、てんこ盛り過ぎて、いささか焦点がぼけてしまったかも知れない。あるいは、てんこ盛りにも関わらず、枚数の制約が厳しかったかも知れない。いささかならず食い足りない部分もあった。
要するにもっと長い(分厚い)本になっても良かったのではないか。
そもそも副題の「謎とちから」の意味が判明ではない。少なくとも読者には伝わりづらい。「ちから」ということでは、ドストエフスキーの作品が持ちえた「ちから」ということに他ならないだろう。無論、そこには様々な「謎」があるだろう。しかし、本文を読み解いても具体的に、何をもって「謎」とし、何が「ちから」と呼ばれるのか指示はなさそうである。
章立ては「序章」と「終章」を合わせて全10章となっている。第一章「四つの「罪と罰」」はドストエフスキーの生活/人生における彼が「犯した」「罪」とそれに対して課された「罰」を4つ挙げて論ずる。
【表1 ドストエフスキーの4つの「罪と罰」】
|
罪 |
罰 |
1 |
父の死 |
ヒステリー症 |
2 |
ペトラシェフスキーの会 |
死刑宣告 |
3 |
結婚 |
癲癇 |
4 |
サディズム |
マゾヒズム |
第二章「性と権力をめぐるトライアングル」は作品の内容、というよりも内的構造と言うべきか、第三章「文化的基層との対話」は作品の背景となる文化や宗教などを論ずる。
第四章から第八章までの5章はそのまま、いわゆる五大長篇小説について順を追って論じている。
以上のような次第で、ドストエフスキーの人生と作品の主要なポイントは摑めるが、それらを新書の枠で250ペイジ論ずる訳だから、要するに相当足早な、というか早口の講義となったのではないか。
この口述の先行版は一回2時間で6回分の講義で、それをそのまま書籍化すると、とうてい新書の枠では収まりきらない。そこでこの再講義となったようだが、あるいは本書とは別に、その先行版もそのままで読んでみたいものだ。
最後に。ドストエフスキーの作品には変態とも、犯罪とも言うべき性慾を抱き、行使してしまう人物が何人か登場するが、或る程度は作者自身に身の覚えがあることだったと思われる。それと同時にそのような性を遮断する世界をも夢に描いていたのではなかろうか。
無論、性に耽溺するにせよ、それを完全に遠ざけるにせよ、どちらの面も等しくドストエフスキーの世界だったと思われる。
📓ノート
・グロスマン『ドストエフスキー』1966年・筑摩書房。
・グロスマン編『年譜(伝記、日付と資料)』1980年・新潮社。
・モチューリスキー『評伝ドストエフスキー』2000年・筑摩書房。
・1866年の意味 p.7
・ペトラシェフスキーの会 p.36-
・シャルル・フーリエ
・アソシアシオン=共同体「ファランジュ」
・1848 革命の嵐(フランス二月革命・ドイツ・オーストリア三月革命) p.39
・コーリャ・クラソートキン べリンスキーのゴーゴリの手紙の朗読 ドストエフスキー本人との親近性 革命家としての自分の投影か? p.41
・ 二重性、二重人格、二枚舌 信仰と無信仰の共存 演技できる作家p.43
・ユートピア社会主義=キリスト教 p.44
・生き残るため p.45
★・最初の妻 マリア・イサーエワ 夫の死後、すぐ新しい恋人 p.46
・癲癇の発作=父殺しの罰 監獄時代は癲癇はなかった (フロイト) p.48
・1866年=とても重要な年 アンナ・スニートキナと再婚 それとともに癲癇の発作が増加 性の解放への罰では? P.49
・それ以降、異端派(鞭身派、去勢派)のモチーフが増える p.49
・鞭身派、去勢派は日常的な夫婦間の性を犯罪とした p.49
・サディズムとマゾヒズムの問題 p.49
・優位者の目=神の目 p.55
・寝取られ亭主(コキュ)の問題 p.55
・使嗾 農奴を唆して殺させたのは自分ではないか p.56
・ルネ・ジラール「模倣の欲望」、「三角形的欲望」(ジラール『ドストエフスキー――二重性から単一性へ』) p.58
・人間の欲望は他者の欲望を媒介している。
・「ステパンチコヴォ村とその住人」は旧約聖書「ダニエル書」と関連がある(ロトマン) ダニエルは王の夢を復元し、解読し、王朝の衰勢について物語った。 p.73
・1866年の200年前1666年 教会分裂(ラスコール pаскол)分離された宗徒たちはヴォルガ地方の森林やシベリアの奥地に逃げ込んだ p.81
・異端派( 鞭身派・去勢派) p.82
・去勢派の共同体 「船」(カラーブリ)と呼ばれた p.84
・「ヨハネ黙示録」 選民 額に「印」が押された p.84
・性を罪深いもの、生殖を避ける p.86
・皇帝直属第三課(秘密警察) p.92
・去勢派を最初に小説化した作品 「女主人」 ロシア正教会史の研究に励む若い主人公 p.94
★・最初の妻マリアが死ぬ直前、20歳近く年下のアポリナーリア・スースロワと性関係があった p.99
★・「性なき楽園」への憧れ 娶らず、嫁がず 去勢派の楽園 p.99
■ 『罪と罰』
・スヴィドリガイロフ ラスコーリニコフの妹ドゥーニャのはじける若さに魅了される p.103
・世界が終末を迎える恐ろしい夢 p.103
・アジアの奥地 疫病 善と悪の共通認識が失われる→殺し合いに→火事→飢餓→世界滅亡 p.131
世界が終わる夢を見る
亀山郁夫 著
仕様
四六判 288ページ
定価
1,500円(税別)
ISBN
978-4-908523-91-5
商品コード
C1090
発行年月
2015年12月
・発表の前年1865年1月 連続老女殺害事件 p.106
・ある種の肯定されるべき「善」があれば人を殺すことは許される p.107
・天才は凡人の権利を奪う権利がある p。107
・シラーの戯曲『群盗』久保栄訳、岩波文庫、1958年 p.108
・殺人そのものの罪というより、「生きる価値がある人/ない人」という二分法を持つことの根源的な罪 p.109
・罪 Преступление プレストプレーニエ またぎこす 罪を犯す=何かをまたぎこす p.109
・売春 神が与えた肉体を売春するのは神の掟を跨ぎ越した p.109
★・「だれでも情欲をいだいて女を見る者は、すでに心の中で姦淫を犯したのです」マタイによる福音書5-28 イスラム教の問題 性の禁止 (メモ)
・老婆の義妹リザヴェータは神がかり p.110 【同名問題】 リザヴェータ・スメルジャシチヤ(カラマーゾフ)
・観念=豚に取りつかれた人間 『悪霊』 p.112
・ラスコーリニコフのアパートの部屋=戸棚シカーフ=棺桶 p.112
・屋根裏と地下室の意味の差異 p.113
・ハンス・ホルバインの「死せるキリスト」 p.115
・キリストも一介の人間 p.117 【メモ】大御本尊も燃えてしまう 堀日亨 【メモ】ドストエフスキーにおける具体的な「物」の意味 ナスターシャのトランプ、カラマーゾフのパンケーキなど
・666 p.119
・反キリストを恐れて6、9が並ぶ年には集団自決した逃亡派 p.132
★・聖書外典 「聖母の地獄めぐり」 カラマーゾフの第二部p.129
■白痴 性を拒絶する人たち
・現実の事件がネタ p.138
・シベリア時代の三角関係 マリア・イサーエワ、愛人(?)ヴェルグノーフ 共犯関係 p.p.138-139
★・入り口も出口もない不可能性の物語 地上では完成しない物語 p.139 cf.大澤真幸『不可能性の時代』
・ほんとうに美しい人間を描く 滑稽という要素 p.140
・ムイシキン公爵は神がかりではない 神がかりは金を受け取ったり、結婚することは許されていない p.140
・ムイシキンは性的に不能である p.141
・ロゴージン家は代々去勢派であった p.141
・夫が去勢派で妻が正教会だったら、妻は誰かと性関係を結び子供を産む p.141
・ナスターシャ・フィリッポヴナ=父フィリップの娘ナスターシャ 鞭身派の祖ダニール・フィリッポフの娘? ナスターシャはギリシア語「アナスタシア(復活する女)」 ナスターシャはまだ死んでいる 「性」が閉ざされているのでは p.143
・トーツキー ドイツ語「トート(死)」 トーツキーとナスターシャは性関係はなかったのか? p.p.143-144
・「あなたは苦しみながらも、ああした地獄から清らかなままで出ていらっしゃった」 高級娼婦ナスターシャ 体は汚れていても心は清らかなまま? ドストエフスキーはナスターシャは処女だといいたい? P.p.148-149 根拠は?
・ロゴージンは実は内向的? p.150
・ロゴージンとナスターシャは同棲しながら実はセックスをしていない? p.152
・キリスト=ムイシキン公爵 聖母マリア=ナスターシャ ロゴージンが殺害 p.154 ムイシキンとナスターシャは聖母子のような関係 そこにロゴージンが介入 p.156
★・兄弟殺しは神をも恐れぬ最大の罪 p.155
■悪霊
・ドストエフスキーのイメージは悪霊からきている(亀山) p.169
・最も悪と考えられるものの根源に潜む何か p.172
・スタヴローギン スタヴロス(十字架) p.176
・『悪霊』はゲーテの『ファウスト』のパロディ p.177
■未成年
・『未成年』はトゥルゲーネフの『初恋』に似ている p.198
■カラマーゾフ
・スメルジャコフはグリゴーリーの子である p.224
・
■ドストエフスキーと同時代の政治状況
・ヒングリー『19世紀ロシアの作家と社会』1984年・中公文庫。
・ゲルツェン『ロシヤにおける革命思想の発達について』 (岩波文庫)
・廣岡 正久『ロシア正教の千年』 (講談社学術文庫)
・和田春樹『テロルと改革』
・ラジンスキー『アレクサンドルⅡ世暗殺』上下・日本放送出版協会
3834字(10枚)
🐧
20220105 1815
0 件のコメント:
コメントを投稿