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2021年4月2日金曜日

府 中

  

 

府 中 

 

  


 突然だが、府中に引っ越すことになった。というか、もう引っ越した。 

 異様に古い木造アパートだが、部屋数が多いことと、川沿いの景色のいいところなのでここに決めた。 

 畳の匂いが香かぐわしいが、なにせ木造部分が古めかしい。 

 次に大地震が来たらアウトだな、と独り言ちる。 

  

 外は春だ。天気もよさそうだ。 

 

 M**を誘って近場の探検に行くことにする。M**は近くに住んでいる。会社の同僚だったが、実は付き合っている。 

 そうか、そのために引っ越したのか? 

  

  川沿いを二人で散歩する。 

 M**とはあまり横に並ぶことはない。どちらかが先か後ろに行く。ときどき手と手がぶつかる。 

 菜の花があちらこちらに咲き乱れている。 

  

 しばらく歩いていくと、大きなショッピング・モールがある。ただブランド名は聞いたこともない名前だ。「NEWON」と書いて「ネオン」と読ませるらしい。いささか無理がある。 

 そこに入ってみるが、実はそこは大きな野外公演でもある。公園の中のモールがある、というよりも、モールの中に公園がある。だから、野外と屋外があちらこちらで混在している。段々訳が分からなくなる。 

 

 ぶらぶら歩いていくと、羊が柵の外にいる。ということは我々人間が柵の内側にいるのだ。 

 それにしても羊は、いや山羊だったかもしれない、われわれのことを一切無視して草なのかなにやらもぐもぐと咀嚼している。 

 羊あるいは山羊の様子を呆然と見ていると、M**とはぐれる。 

 いまと違って携帯電話がないので、はぐれたらもうおしまいだ。 

 因みにM**は山羊を「やぎ」と読めず、いつまでたっても「やまひつじ」と読む。さらにちなみにわたしは山羊座なので、明日の星占いとかも、「明日のやまひつじ座はとても好調でしょう。ほっかりしたパンが焼き上がるような日です」とか平気で読み上げる。 

  

 遠くの川の袂たもとM**がいるのを発見する。 

  

 来るときも見たが、川の土手に畑状に並べた弁当のようなものが4m×2mぐらいの広さの中に20個ぐらい敷き詰められているものが、あちらこちらに点在している。ご飯とおかずが並んでいて、そこには仕切りのように白いビニールの覆いがかかっているが、肝心のご飯とおかずのところは露出しているのだ。 

 弁当畑、ということか? 弁当を育てているのか?   いや売っているのか?  謎だ。 

  

    川沿いに歩く。今日は卒業式だか、終業式だかで、学校が早いのか、小学生たちが集団で歩いている。 

「これ、やばいよ……、ここ、もろじゃん」とM**が言うそばから、顔見知りの生徒が横を走り去っていくが、気づかないようだ。ま、そんなものだろう。 

  

 小ぶりの木橋を渡って川の向こう側に行く。川の水の中には水草が何本も泳いでいる。 

 古い町並みが続いている。川なりに戻ることにする。 

 やはり、土手には弁当畑が点在していて、そこを上がるときに踏みそうになり、M**に注意される。と言っても踏まずにどうやってここを登れと言うのか? 

 店番のような老婆がいるが、特に気にしないようだ。どういうことだろうか。 

 

 ウッドデッキのある、テラスのようなところに出た。お茶でも飲む? と聞こうとしたが、よく見ると、売店も自販機も何もない。どうしろというんだ。 

 

 


 

 帰宅すると、青森から帰った長女と、もともと家にいる三女が寛くつろいでいる。 

 次女はどうしたか?    と聞くと友達のYちゃんと一緒に広島に旅行に行っているという。HRS46とかいうアイドルグループに夢中になっていて泊りがけでライヴに行ったらしい。 

  

 M**に連絡を取ると何事もなかったように自分の家に帰っている。どいういうことなんだ。 

 汗をかいたのと砂埃を被ったので、風呂に入りたいがここにはない。困った。外の銭湯に行くしかない。 

 

 とりあえず、トイレに行く。 

 トイレは玄関の左横にある。入ると激甚なる悪臭とともに尋常ならざる汚れ方である。まさにこれはbeyond description  筆舌に尽くし難い、とはまさにこのことだ。この情景を描写することはわたしの能力をはるかに超越している。これは完全にアウトだ。いったい女子たちはどうしたのか。この段階で面会謝絶ではないのか。 

 

 一旦扉を閉じる。 

 

 しかし、誰かがやるしかない。 

 

 気を取り直して、掃除することを決意し、決然たる思いで再度扉を開けると巨大な蠅のようなものが飛んできて、わたしの左肩に憑依とりつく、うわっと思ったが、それよりもなによりも、便器の上に、ブルーに白文字の空き罐のようなものが張り付いて、何やら蠢いているではないか。これまた巨大な毒虫であろうと推測し、やおらスプレー殺虫剤を振りかける。するとその空き罐は動き出してこちらに向かってくるのだ。 

 遺憾。 

 遺憾ぞ。 

 殺虫剤をかけ続ける。 

 空き罐の下から顔が出てくる。 

  

 雛ひよこだ。 

  

 雛ひよこだったのだ。 

  

 しばらくその空き罐を背負った雛ひよこは狭い廊下を動き回った。 

 

 が、しばらくすると、さらに奇怪なことが生じた。 

 

 尻の方から親鳥の顔が生えてきたのだ。 

  

 なんということだ。 

 

 この生物は親子で前後にくっついているのか? 

  

     わたしは吐き気に襲われた。 

  

 しばらく目を背けてその場に立ち竦すくみ吐き気に堪えた。 

  

 ところが、しばらくすると、 

 

 ブルブルっと 

 

 体を震わせたその生物から空き罐が取れてみると、わたしには親鳥の顔?   鶏冠とさか? と見えていたもののが単なる雛ひよこの尾羽が汚れてそう見えただけだということに気が付いた。ああ、よかった。 

  

 それをM**に伝えると、雛ひよこなんか飼えないから、と一蹴された。 

  

 しかし、その雛ひよこは元気そうに薄暗い廊下を歩き回っている。 

  

 それにしても、これは鶏の雛ひよこではなく、尾長鳥かなんかの雛ひよこなんだな。もともとここの便所に棲みついていたのであろうか。それとも前の住人がこんなところで飼っていたのだろうか? 

  

 トイレ掃除に戻ろうとすると、その奥に部屋が通じていることに気づいた。 

  

 人はいないようだが、畳一面には2、3の布団袋と壁一面の書架には大判の書籍が立ち並んでいた。 

 よく見ると、I**先生の全百数十巻にも及ぶ長篇小説『宿命転換』の超大判の書籍などが並べてある。 

  

 お、ここは拠点ではないか。 

  

 わたしは、今では辞めてしまったが、学生時代まで「正教会館」という仏教系の新興宗教の信者だった。 

 その正教会館は地域ごとに各信者の家庭を拠点会場として、その当時は毎夜毎夜集会を開いていた。 

 学生部会は土、日は朝から集合して、布教に出かけ、夜になると再び集まり結果を報告する、という、会社の営業のようなことをやっていた。むろん結果が出ないと幹部や先輩から吊るし上げられる。 

 まー、そんなことは会社と同じなのだから、そんなに非道いこととは言えまいが、少なくともわたしにはついていくのが困難であった。  

 で、その学生部会の拠点は部会長から部会長へと代々受け継がれていって、布団も家財道具も本なんかもそのままだったのであろう。 

  

 あ、そういえば、俺はここに一度来たことがあるぞ、 

 

 と今更ながらに気づき、薄暗い畳敷きの六畳間で一人立ち竦すくみ、途方に暮れる。 

  

 

 

府 中 

 

まし 

 

 

 

2,855字(四百字詰め原稿用紙8枚) 

 

🐣 

20210402 0313 

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