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2017年9月22日金曜日

新 婚

 
新 婚 




 遠くの方で、愛猫の寅が鳴いている。もう奴も歳なのだからほっておくと危ない。ベランダから落ちたりすると拙いな、と思っていると、眼が覚めた。 
 ふと、廊下を見ると妻が全裸で本棚を物色している。 
 妻は28歳ぐらいで、髪の長い瓜実顔、つまり下膨れの平安美人だが、夫のわたしが言うのもなんだが、美人だと思う。乳房ちぶさとともに下腹部が張っている。妊娠しているのだ。新婚だから。 
 妻を呼ぼうとするが、どうしても名前が思い出せない。もうわたしも歳なのだから、致し方がないことだ。 
 やむを得ず、おいおいと呼ぶ。 
 すると、はーい、と言いながら、しばらくして、黄色のワンピースに着替えてやってくる。なんだよ、そのままでいいんだよ、と思ったが、それは言えない。相手の性格をまだ把握していないからだ。 
 そのまま妻は、わたしのからだの上に跨がる。顔をじっと見てみる。若い、ということも多分にあるが、とても美しいと思う。わたしはもう50代半ばだ。こんな若いお嫁さんを経済的にも、肉体的にも、また精神的にもどうやって養っていけばよいのだろう。 
 妻の美しい笑顔を見て、わたしは、少し悲しくなった。 
 さっきはどうして裸だったの、と尋きたかったが、やはり聞かなかった。たとえ親密な関係でも、幾ばくかの秘密はあるはずだ。そもそも夫婦というものはそういうものだろう。 

 妻とは出会い系サイトのフェイクの顔写真の撮影のバイトで知り合った。大体あれはほとんどがフェイクなのだ。 
 そこには時給2000円としか書かれおらず、取り合えず飯田橋の貸事務所的なところに行ってみると、20人ぐらいの女性がパイプ椅子に座っていて、男性はなぜかわたし一人だった。そこで彼女の方から声を掛けてきたのだ。そのようなことは絶無に近く、わたしは気持ちの安定を失った。 

 ところが、しばらくすると、彼女には実家があり、ときどき実家に帰る、というよりも、基本実家にいて、ときどきわたしの家に来るとか、外で会うとか、なんだかよく分からないことになってきた。 
 これはいかがなものか、とも思い、或秋の日曜日の午後、麗らかな日差しを浴びながら、何回も郊外電車を乗り換えて、教えられていた彼女の実家とされているマンションの一室に辿り着いた。どうしてこんな遠いところに住んでいるのだろうか。 
 そこは確かに実家は実家であったが、実際には30代前半なのかもしれぬが、30代後半から40代前半に見える中年の男性がいた。 
「M**さん、ですね。家内から話しは聞いています」と言って家に通してくれた。え、どう聞いているんですか、と聞きたかったが、やはり聞かなかった。なんとなくはわかる。 
 なるほど、そうすると、新婚は新婚でもわたしが、ではなく、この男と妻が新婚だったのか。 
 二段ベッドの木の枠に面して座るように言われる。どうしろというのか。 
 やがて「妻」が帰ってくる。 
 あら、来てたの、とわたしにではなく、相手の男に声を掛ける。どういうことだろう。この場を取り繕おうとしているのか。 
 まだ夕方の早い時間だったが、夕食が出されるが、しかしながら、相手の男はずっと電話で仕事の取引先と話している。 
 豚バラ肉の角煮が食べたいと言ったから、せっかく作ったのに、あの人は食べてくれない、と「妻」が言う。 
 いや、おれ好きだから、お前のことも大好きだから、と言って、豚バラ肉を頬張りながらビールのジョッキを煽るが、「妻」の気持ちがわたしにはないことがよく伝わってくる。 

新 婚 
 



20170921 10:51ー20170922 01:05 

🐔 

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