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2020年5月3日日曜日

偶然を味わう ――沢木耕太郎『旅のつばくろ』


偶然を味わう


沢木耕太郎『旅のつばくろ』







■沢木耕太郎『旅のつばくろ』2020年4月20日・新潮社。

■短篇エッセイ集(旅)・旅行記。

■1100円(税込み)。

■2020年5月3日読了。

■採点 ★★★★☆。



 旅と旅行は何が違うのか。厳密な語源的な考察をしようという訳ではない。印象論の問題だ。

 旅と旅行。――違いはどこにあるのか。

 個人的な見解を言うと、後者には目的、あるいは目的地があるが、前者にはそれらがない。あるいは仮にあるとしてもまさに仮のもの、したがって、旅の途中でいかようにも変更される、いわば行き当たりばったりということになる。

 さらにはこうも言えるかもしれない。旅行には目的地があるように、出発地あるいは帰着地が存在するが、旅にあるのは極端に言うと、出発地だけで、目的地も帰着地もない、あるいはなくてもよい。

 つまり旅をすることは「偶然」の意味を味わうことに他ならない。

 こんな印象をわたしは持っている。

 しかしながら、わたしは旅はおろか旅行することさえ皆無である。行き先を決めずぶらっと旅に出ることを夢見はするが、残念ながら、経済的にも、物理的にも困難である。経済的に不可、というのは単に借金多くして給料少なし、ということであり、物理的というのは長期の休みがほぼなく、週一回の休みもしばしば雲散霧消してしまうからだ。

 したがって、そんな貧乏サラリーマンは名うての旅巧者である沢木耕太郎の旅の本を片手に旅気分を味わうにしくはない。

 さて、本書は、沢木が得意とする海外が舞台ではなく日本国内、それも、関東から北日本が主な旅先である。というのは元々、JR東日本の新幹線車内誌*に連載されていたものだからである。無論、その意味では漠然とした目的地はあるのだが、どちらかというと取って付けたようなものだ。



*『トランヴェール』連載期間不明・JR東日本。



 冒頭、行き先を決めるのに地図にダーツを打ち込んで、決める話が出てくるが、そんな感じである。

 沢木が16歳の時に最初に長旅をしたのが東北行だった。それを50年ぶりに辿りなおす旅が骨格を成しているが、それ以外にもまさに旅先の偶然の面白さを堪能できる。

 少なからぬ文学者や芸術家たちとの思い出話も微笑ましい。

 また、一篇、一篇のエッセイが名人の石工によって彫琢されたかのようにとても丁寧に書き込まれている。

 とりわけ井上靖との思い出を語る「雪」は佳品である。

 とても上品な仮想旅空間を提供する一冊だと言えよう。
 ちなみにタイトルは美空ひばり歌唱・西条八十作詞・古賀政男作曲による「サーカスの唄」の一節である。
 



1012字(400字原稿用紙3枚)



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2020/05/03 22:07

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