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2019年10月16日水曜日

魂の地下室の方へ 村上春樹『意味がなければスイングはない』


魂の地下室の方へ



村上春樹『意味がなければスイングはない』




■村上春樹『意味がなければスイングはない』2005年11月25日・文藝春秋。
■音楽評論・エッセイ。
■2019年10月16日読了。
■採点 ★★★☆☆。



 これは音楽評論(音楽に関するエッセイ)に限らないが、言葉で音楽の、あるいは他の媒体による芸術作品を論評することはなかなか難しい。そもそも言葉で書かれた文学作品からしてそうなのだから、これは言うまでもないことだ。

 したがって、例えば、作曲者や演奏家の伝記的事実から興味深い記事を拾い上げて、作品論を支える、各種の演奏を聴き比べて、それぞれのプラス・マイナスを数え上げる、筆者の個人的な思い出から、その個人的な観点から書く、など、様々な方法を駆使して、多くの論者は音楽の魅力を語ってきた。

 わたし個人の乏しい経験では、正直言って、自分のことを語らず(自分の視点を通り抜けて)音楽を語りきれた論者は皆無なのではないか。

 しいて言えば、これが成功した音楽評論なのかは分らぬが、少なくとも二冊の音楽にかかわるエッセイには確かに強い影響を受けたことは確かだ。

 一つは、ご多分に漏れず、小林秀雄の「モォツァルト」(1946年/新潮文庫など)であり、ここからわたしはモーツアルトのピアノコンチェルトを聴き始めた。

 もう一つは渋谷陽一の『ロックミュージック進化論』(1980年・日本放送出版協会)であり、ロックは、あるいは音楽は進化、つまり新しくなければならない、という考え方を渋谷から学んだ。

 しかしながら、いずれにしても音楽という

媒体を通して、自分自身(の思想、立場)を語る、というのは共通している。

 つまり、しばしば言われるように、小林は何を書いても結局は小林自身を書いている、ということなのだ。

 ここが難しいところで、当然のことながら人は、結局のところ自分を通してしか何も語れないし、いかにも客観を装った記述は箸にも棒にも掛からない、つまらない代物となる。

 だが、そこを通り抜けて、我々は当該の対象とぶつかることはできぬものだろうか。

 村上自身がときどき言及するような魂の地下室*に降りていき、相手の部屋をノックすることできれば、きっとその音楽評論に限らず、すべての評論・批評は成功なのだろう。



 *村上は本書でウィンストン・マルサリスに言及して「彼は自分の魂の地下室に、自らの意志で意図的に降りていくことはできない」と述べている(本書・p.180)。「魂の地下室」については複数の言及が存在するが、川上未映子との対談『みみずくは黄昏に飛びたつ』(2017年・新潮社)などが目新しいところだ。



 さて、この村上春樹の音楽評論、というよりも音楽に関するエッセイというべきであろうが、洋の東西や、ジャンルの硬軟を問わず、また時代の新旧も問わず、今まで村上が若き日から聴いてきた様々な音楽が語られる。

 言うまでもなく、村上の小説にはデビュー当初から音楽が多く登場して、そもそも音楽が小説の題名にすらなってきた。

 これらの村上文学の音楽的背景をまとめた論著も複数存在するくらいだ*



*①栗原裕一郎他『村上春樹を音楽で読み解く』2010年・日本文芸社。 
②栗原裕一郎他『村上春樹の100曲』2018年・立東舎。 
③小西慶太『村上春樹の音楽図鑑』1995年・ジャパンミックス。 
④ジェイ・ルービン『ハルキ・ムラカミと言葉の音楽』畔柳和代訳・2006年・新潮社。などがある。



 したがって、これらの音楽(と共有する音楽世界)が作者自身の口から語られるのはとても素晴らしいことだ。



 実際には同時的に音楽を聴きことができないので*、どうしても音楽そのものではなく周辺的事実の面白さに引っ張られるきらいがあるがそれはそれということだろうか。



*「村上RADIO」(2018年~・FM東京)のようなラジオ番組で解説付きで音楽が聴けると最高である。

 

 特に興味を持ったのは長過ぎて何をしたいのか不明な、シューベルト「ピアノ・ソナタ第十七番ニ長調」D850*と薬に溺れて身を持ち崩した天才サックスプレイヤー・スタン・ゲッツ**だろうか

 要は何かに収まりきらないものにわたし自身は心惹かれるようだ。



*シューベルトのピアノソナタの謎については以下に言及がある。 
①村上春樹『海辺のカフカ』上下・2002年・新潮社。 
②村上春樹『村上春樹雑文集』2011年・新潮社。
**ゲッツについては、村上はゲッツの伝記を翻訳している。ドナルド・L ・マギン『スタン・ゲッツ―音楽を生きる―』1996年・村上春樹訳・2019年・新潮社。



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2019/10/16 18:09


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