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2026年5月17日日曜日

むろん、王様は裸である。それについては重々承知しているが…… ―― 村上春樹『Sydney![シドニー]』

 

🐑村上春樹Wonderland🐑

2001

 

むろん、王様は裸である。それについては重々承知しているが……

 


村上春樹『Sydney[シドニー]

■村上春樹『Sydney[シドニー]2001年1月20日・文藝春秋。

■長篇ノン‐フィクション(スポーツ・紀行文)。

409頁。

2026年5月17日読了。

■採点 ★★☆☆☆。




 

【要約】

本稿は村上春樹のシドニー五輪観戦記『Sydney!』の書評である。紀行文としては魅力的だが、五輪の商業主義への批判とオリンピックそのものの退屈さの間で筆が宙吊りになってしまったか。様々な矛盾のためか、歪んだ迷宮のような400頁に及ぶ一冊。

Summary

This article is a book review of Haruki Murakami’s Sydney!, an account of his observations at the Sydney Olympic Games. While compelling as a travelogue, his pen seems to hang in midair, suspended between his critique of Olympic commercialism and the sheer tediousness of the event itself. Perhaps due to its various inherent contradictions, this 400-page volume ultimately resembles a warped labyrinth.

 

目次

1 文学者とオリンピック、あるいは国家という場... 2

2 期待された「スポーツ愛好家」としての視点... 3

3 「名うての臍曲がり」がもたらした退屈... 4

4 批評の場から黙殺される「不幸な書物」... 6

5 残された矛盾とインタヴューの疑問... 7

6 結論として:これはありなのか?... 9

参照文献... 10

 

 

1 文学者とオリンピック、あるいは国家という場

文学者とオリンピックの関係性を考えるとき、まず思い起こされるのは三島由紀夫の東京オリンピック観戦記*[1]であろう。何しろ、あの三島由紀夫である。オリンピックという舞台が、ナショナリズムを宣揚する機会であると同時に、肉体の賛美を極める場であることを踏まえれば、三島とオリンピックは極めて親和性の高い、近しい存在であったと言わねばならない。

その意味では、「文学者と戦争」というテーマにおいても、同様の構図が見出せるはずだ。知識人にとって、オリンピックに対してであれば背を向けることは可能かもしれないが、戦争という圧倒的な現実を前にして背を向けることは極めて困難である。その事実は、例えば小林秀雄が戦時中に残した一連の文章*[2]を見ても明らかだと思う。

おそらく、普段は密室にこもり、個人的かつ精神的な活動に従事している文学者たちにとって、オリンピックや戦争という巨大な場は、一時的にその密室から抜け出すための契機だったのではないか。自らの存在を、国家的・公共的・物質的に確認し、あるいは他者に承認してもらうための、稀有な機会として機能していたのかも知れない。もちろん、これについてはさらに深い議論が必要な論点ではあると思う。

 

2 期待された「スポーツ愛好家」としての視点

さて、それはともかくとして、本題に入る。

本作は、小説家・翻訳家として確固たる地位を築いている村上春樹による、今を遡ること26年間、すなわち2000年にオーストラリアで開催されたシドニー・オリンピック*[3]の観戦記である。村上は長年、熱心なアマチュアのマラソン・ランナーとしても広く知られてきた*[4]。その意味では、このシドニー・オリンピックの現地取材をオファーしたスポーツ総合誌『Number(ナンバー)(文藝春秋)との親近性も非常に高いと言える。

単なる一介の文筆家が書く通り一遍のスポーツ観戦記ではなく、自らも走る「スポーツ愛好家」としての地平からオリンピックに接するわけだから、そこには当然、彼にしか書けない独自の素晴らしい成果が期待できるはずだ――。とりわけマラソン、あるいはトライアスロン、さらには陸上競技については。オファーを出した『Number』誌側も、おそらくそう踏んだに違いない。


3 「名うての臍曲がり」がもたらした退屈

しかし、名うての臍曲(へそま)がりであり(失礼!)、筋金入りの個人主義者でもある(これはご本人も認めるであろう)村上春樹が、世間一般の求めるような「感動的な」オリンピック観戦記をそうそう簡単に書くわけがなかった。

本書における彼のスタンスは、基本的にはシニカルである。高度資本主義の申し子となり、巨大な高収益システムと化した現代のオリンピック・ゲイムズに対して、極めて批判的な眼差しを向けている。それどころか、身も蓋もなく言ってしまえば、そのお祭り騒ぎを「退屈だ」と一刀両断の下に切り捨てているのである。

こうなると、本書の評価はなかなか難しいものになってくる。いわゆる熱心なスポーツ・ファンやオリンピックの支持者からすれば、村上のこうした冷淡な態度は、おそらく許しがたいものに映るだろう。「そこまで言うなら黙っていてくれ」「そんな斜に構えた本をわざわざシドニーくんだりまで行って書くなよ」と言いたくなるのが正直なところではないか。

また、逆に熱狂的な村上ファンや、あるいはアンチ・スポーツ派の読者からしても、「何もわざわざ、こんな本(失礼!)を書かなくともよかったのに」という困惑が残る。実際の試合の様子や臨場感については、文章から今ひとつ伝わってこないという難点もあるが、何より村上自身が「退屈だ」と公言している通り、彼の記述そのものもどこか退屈なトーンに終始してしまっているのだ。もし彼がオリンピックという枠を離れ、普通にオーストラリアの紀行文を書いていたならば、これほど退屈なものにはならなかっただろう(もっとも、そうなれば400頁を超えるような大部な著作にはならなかっただろうが)


4 批評の場から黙殺される「不幸な書物」

要するに、どのようなスタンスから読んだとしても、「ちょっとこれはないだろう」というのが大方の見方ではないだろうか。 あるいは、もし「ノン‐フィクション業界」という確固たる言論の場が存在するならば(おそらく存在すると思うのだが)、そこからも「こんなものは到底ノン‐フィクションとは呼べない」と、全否定に近い扱いを受けているのではないか*[5]。実際に業界の反応をすべて調べ上げたわけではないので断言はできないが、そう邪推したくもなる。

結局のところ、多くの批評家や読者は、触れてはいけないタブーに触れてしまった村上春樹に対して、「敢えて触れずにおこう」という、一種の黙殺を決め込んでいるのが現状ではないか。つまり「王様は裸だ」と誰も知っているにも関わらず、今更ながらに「王様って裸じゃね?」という「少年」を世間では誰も相手にしないという構図なのだろうか?

その意味では、この作品は幸福な形で迎え入れられなかった、いささか不幸な生い立ちを持つ書物だと言える。あたかも、オリンピックの舞台で途中棄権を余儀なくされ、周囲が言葉をかけづらくなっている選手を眺めるかのような、奇妙な居心地の悪さがそこには漂っている。


5 残された矛盾とインタヴューの疑問

私個人の純粋な感想を述べるならば、本作をオリンピックの記録としてではなく、単に「村上春樹が書いたいつもの紀行文」*[6]として割り切って読めば、確かに余計な能書きや理屈っぽい記述が多い(これは認めざるを得ない)とはいえ、読み物としてはとても面白く読めた。

そこには、オーストラリアの歴史や精神分析的なアプローチによる文明の把握、コアラの秘密やワラビーの生態、あるいは鰐や鮫による「人食い」の現況といった独特な自然への言及がある。頻発する山火事(現地では「ブッシュ・フォイア」と呼ぶらしい)の描写や、オーストラリアの人々の大らかな民度、さらには作家独自の視点から語られるアボリジニの人々への理解など、興味深い記述は枚挙にいとまがない。

確かに、アボリジニ系アスリートであるキャシー・フリーマンを巡るくだりは、村上が言うように「その場に居合わせない人には、本当には理解できないだろう」*[7]熱狂であったのかもしれない。しかし、書き手にそう突き放されてしまっては、読者としては身も蓋もないのも事実である。

また、サッカーの予選を見るためだけに、シドニーからメルボルンまで10時間以上かけて自動車で移動するという、いささか常軌を逸した行動力なども旅の記録としてめっぽう面白い。意外にも「オーストラリアの料理が美味い」という発見が語られている点なども、新鮮な驚きであった。

しかし、もし「いつもの紀行文」として楽しむべきものなのだとしたら、わざわざオリンピックという国家的狂騒のタイミングを狙い澄まして現地へ赴く必要など、どこにもなかったわけである。ここに、本作が抱える構造的な難しさがある。

最大の問題は、表題に『Sydney!』と、何故か威勢のいい感嘆符を掲げている点だ。この期に及んで、このタイトルが批判の意味を込めたアイロニーとしての感嘆符だとは考えにくい。つまり、いかにも高揚感に満ちたオリンピック観戦記であるかのような体裁を取りながら、その内実ではオリンピックというシステムそのものを(結果的にであるにせよ)、一貫して批判するという、著者の姿勢の矛盾にあるのではないか。――もしそれほど現代オリンピックを批判したいのであれば、シドニーという個別の大会に固執せず、より抽象的な文明論として書くべきだったのではないか。あるいは、やはり、いっそのことオリンピックという存在を完全に無視すればよかったのではないか。一般的な「村上主義者」(言うまでもなく、村上春樹ファンを村上自身はこう呼んで欲しいと言っている)としては、その方が自然であった。

さらに付け加えるならば、本書のオープニングとエンディングという極めて重要な位置に、シドニー・オリンピックにおいては、いわゆる「敗者」(途中棄権者・非出場者)の側に回ってしまった2人の選手のインタヴューを配置している点にも、いささか割り切れない疑問が残るのである。

 

6 結論として:これはありなのか?

さて、では、この村上春樹の試みは、「あり」なのか「なし」なのか。

確かに、いつもの軽妙な筆致で綴られるオーストラリアの風土記として見れば、本作は十分に魅力的な一冊である。とても面白い、と言ってよい。正直、村上がパソコンを盗まれた場面では、思わず引き込まれて、電車を降り過ごすところだった(アブナイ、アブナイ)

しかし、「オリンピック」という巨大な国家装置の前に立たされたとき、名うての個人主義者である村上の筆は、批判と退屈の間で宙吊りになり、結果として400頁を超える奇妙な迷宮を作り上げてしまった、と言えないだろうか。

「王様が裸である」ことは重々承知の上で、それでもなお、このテキストの「歪み」(あるいは「捻じれ」か)そのものを「村上春樹の内面の格闘の痕跡」として面白がる、それだけの覚悟と「村上主義者」としての愛着があって、初めて本書はギリギリ「あり」の領域に滑り込むのかもしれない。

その居心地の悪さへの保留として、わたしは本作の採点を星二つとする。

 

参照文献

三島由紀夫. (1991年). 『三島由紀夫スポーツ論集』. ちくま文庫.

三島由紀夫. (2003年). 『決定版 三島由紀夫全集 第33巻 評論8 . 新潮社.

小林秀雄. (2022年). 『戦争について』. 中公文庫.

村上春樹. (1990年). 『雨天炎天』. 新潮社.

村上春樹. (1997年). 『アンダーグラウンド』. 講談社.

村上春樹. (1998年). 『辺境・近境』. 新潮社.

村上春樹. (1998年). 『約束された場所で――underground2. 文藝春秋.

村上春樹. (2001年). Sydney![シドニー!]』. 文藝春秋.

村上春樹. (2013年). 『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』. 文藝春秋.

 

 

 

🐤 2026年5月17日 2113

4,951字(400字詰め原稿用紙13枚)


*[1] [三島, 『三島由紀夫スポーツ論集』, 1991年] [三島, 『決定版 三島由紀夫全集 第33 評論8』 , 2003年]。三島由紀夫は1964年の東京オリンピックの際、毎日新聞社などの依頼で特別記者として競技をレポートした。特に有名なのは、青空に描かれた五輪の美しさとナショナリズムの昂揚を華麗な文体で描いた「開会式」、そして大松監督率いる日本女子バレーが金メダルを獲得した試合の観戦記「東洋の魔女」である。三島は彼女たちの肉体と精神のあり方に深い感銘を受け、この一戦に「私のなかのヒロシマ」という印象的なタイトルを冠した批評的エッセイを残している。

*[2] [小林, 2022年]などを参照。

*[3] 2000年開催のシドニー五輪(第27回大会)は199カ国・地域から1万人以上が参加し、「史上最高のオリンピック」と称される成功を収めた。日本は268人の選手を派遣し、金5、銀8、銅5の計18個のメダルを獲得。なかでも陸上女子マラソンの高橋尚子が五輪最高記録(当時)で金メダルを獲得し、国民的熱狂を巻き起こした。また、開会式で聖火点火を務めたアボリジニ系のアスリート、キャシー・フリーマンが女子400mで優勝し、開催国オーストラリアの「民族和解」の象徴として大会最大のドラマとなった。

*[4] 村上春樹は1982年の専業作家転向を機に、体力維持のため走り始めた。翌1983年にはギリシャで初のフルマラソンを単独完走。以来「年に最低1回はフルマラソンを走る」を課し、自己ベスト3時間2743秒(1991年)を記録、1996年にはサロマ湖100キロウルトラマラソンも完走した。50代以降はトライアスロンにも傾倒している。彼にとって走ることは小説執筆に必要な「集中力」と「持続力」を鍛える行為であり、その文学と不可分の本格的なキャリアは、健康のためのジョギングの域を遥かに超えている。

*[5] オウム真理教事件に取材した、本格的なノンフィクション作品と銘打たれた [村上, 『アンダーグラウンド』, 1997年] [村上, 『約束された場所で――underground2』, 1998年]は極めて不評だったと記憶している。

*[6] 確かに村上春樹の紀行文はめっぽう面白い。 [村上, 『雨天炎天』, 1990年] [村上, 『辺境・近境』, 1998年]など。

*[7] [村上, 『Sydney![シドニー!]』, 2001年]299頁。

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